
それもまた貧乏、貧乏者の話であった。年を取った両親と男の子との三人で、もう大変貧乏な暮らしをしていたそうだ。家には今日食べる物もないほどの貧乏であった。この長男は、いつも他の家に儲けに行っていた。今はもういろいろな仕事がたくさんあるさあね。昔は、もう仕事といえば、金持ちの家に毎日毎日通って畑の日傭をしていた。この儲けてくるお金だけで、二人の親の面倒をみていた。もう大昔のことなので、どのくらいのお金をもらっていたか分からないが、その金持ちの家で三度の食事は食べていたようだ。(そしたらこの息子は)、私の両親は私が仕事に行って帰ってくる間、一日中食事もとってない。親は夕飯一回だけの食事なのに、私は三回も食事を取っていると考えた。そしてお昼まではそこで食べて、この夕飯はそこから主人にお願いして、自分の食べる分を家に持っていって両親に食べさせているほどの貧乏人であった。そうしたら、天の神様が見てね。この子供は非常に真面目な子供であるのに本当にかわいそうだなと思った。もうこうして仕事から自分の家へと行き来しているうちに、この天の神様と道中で逢ってしまった。「どうした青年、仕事帰りか。」と言って、もうお互いに道中で知りあっての話だよ。そうして仕事からの帰りに、八十歳以上になられる老人だが、腰も曲がっている老人が背中に子供もおんぶしていた。(その青年は)かわいそうだねこの人はと、「貴方はどこにいらっしゃるんですか。」と聞いた。(すると老人は)「伊波にだよ。」とおっしゃったそうだ。石川の伊波にね。「私も伊波の人だが、じゃ、貴方がいらっしゃるところの近くまで、この子供は私がおんぶしましょう。」と言ったら、「いいよ、いいよ青年。」と言われたのでね。「若い時の難儀は、このくらいは難儀ではありません。」と。「私の背中に替えて下さい。同じ伊波に行くんでしたら、貴方がいらっしゃるところまでの近くまでは、私が(その子供を)おんぶしてさしあげましょう。」と、三人で)背中を並べておんぶしたそうだ。その子供をおんぶしたら、おんぶするまでは元気な子供であったんだが、背中におぶったらその子供は死んで、手や足もだれてしまった。そうしたら、その神様は後をついてくるとばかり思っていたんだが、いなくなっていたそうだ。もう歩きながらさわってみたら、熱もなく手もだれた命のない子供をおんぶしているのに驚いてしまった。しかしどうせもう預かった以上は、道に投げていくわけにもいかないしね。私には両親がいるから、家に連れて行って両親と相談して、どうにかいい方法を習わないといけないと(考えた)。家に着くと、軒下のところにおろして、お母さんとお父さんに、「私はもう今日は、大変な目にあっていますよ。」と言ったから、「なぜ、どういうことか。」とおっしゃってね。「私はですね。道中で八十歳もすぎる老人が、子供をおぶって歩きにくそうにしていたものですから、『ああ、私がおんぶします。貴方がいらっしゃるところの近くまでは、私がおぶってさしあげましょう。私も伊波に行くんですよ』と言ったからね。『だったらもう、頑張ってくれよ』と、私にこの子供はおんぶさせたものの、一時はいらっしゃると思ったんだが、どこに行かれたのかいなくなってしまった。(私はもう)亡くなった子供を連れてきてありますよ。」と、両親に話したようだね。「またどうして、お前はそんな目にあってしまったのかね。誠実な人なのに、お前はどうして今日はこんな大変な目にあったんだろうね。」と、軒下の方に出て来て(その子供を)見た。「それならもう、家の裏座においておきなさい。」と言って、裏座に連れて行って寝かせたようだ。その青年はずっと心配して、どうなっているかとずっと心配し通しで、そこへ行って(子供の様子を)見たりしていたようだが。両親がそこへ行ってみたら、今の電気がついたように、そこは大変明るくなって、(その子供は)黄金になっていた。黄金になっていたので「おい!黄金になっているんだよ。お前の誠が天に通じて、天の神様が黄金を譲って下さったんでしょう。」、「ああ貴方は、そんなことはないでしょう。」と言ったら、「行って見てごらん、拝んでごらん。」と言ったそうだ。もう連れて来たその息子が見るともう、光ってその裏座は昼と同じくらいに明るくなっていたので、「はあ、見事なものですね。」と。そうして「これはもう、神様が私達を助けてくれたんだからね。この黄金は現代の金と替えないことには、私達にとって宝ではないからね。それがあるところで、金と替えようね。」と。その黄金は相当な金になったそうだ。貧乏であった家庭は財産も買って、家も大きくつくり、りっぱな農家になった。また(その息子は)妻もめとったんだが、その妻は真面目ではなかった。その妻は自分の夫が仕事から帰ってくると、立派に丁寧にもてなしていた。しかし両親にはひもじい思いをさせていた。たくさんあってもひもじい思いをさせていた。もう夕飯も自分達でちゃんと作っていた。生活が裕福になったので、自分が帰って来るまでには、妻が夕飯も作って出してくれた。そして「お父さんやお母さんにも出したか。」と言ったら、「あげましたよ。」と、「じゃあいい。」ということになって。そういうふうに食事をして、毎日暮らしていたようだ。このお父さんとお母さんはあまりにも真面目になってね。自分の長男の嫁であるのに、その嫁の悪口を言うことはできないとね。自分達が我慢すれば、辛抱すれば円満になるんだと。両親はどんなことがあっても辛抱していたそうだ。その二人の親は隠していたんだが、その両親は何の報告もしていないんだが、天の神様のところまで(その話は)届いていた。今度はまた別の神様が女の姿になって、仕事帰りに(その息子の前に)現れたようだ。途中で出逢ったからね。その女の人もまた、風呂敷包みを頭にのせていたので、かわいそうに思いその人も助けてあげた。「貴方の風呂敷包みは、私が持ちましょう。」と言ったからね。でももう人間には義理というものがあるので、たとえ若い者であるにせよ赤の他人に、(自分の荷物を)持たすわけにはいかない。義理というのがあるさあね。義理があるから「いいよ。」と断った。「どうしたんですか、このくらいの荷物を持つことは、私は難儀ではありませんよ。私に持たせて下さいませんか。」と言って、「どこまで行くんですか。」と聞いたら「伊波に。」そして「私も伊波の人ですよ。」と言った。「だったら同じところに行くんですから、貴方が用事で行く近くまでは私に持たせて下さい。」と、(その荷物は)渡したそうだ。そしてそのおばあさんに見える神様が、「私は伊波の屋号何というところに用事だよ。」と言った。すると「ああ!それは私達ですよ。なぜ何の用事ですか。」と言った。「あなた達であったのか、これは今度はちょっと言いにくいことだよ。」と。「それはどういうことですか。どういう事であろうと私の家庭のことですから、はっきりおっしゃって下さい。」と言ったからね。「もうお前が家に帰らないうちに逢ったのは、お前に徳があるんだからね。話そうね。」と言った。「あー話して下さい。」「お前はもうずっと以前に、天の神様に助けられたことは覚えているでしょう。」「あーよく覚えていますよ。」「お前は助けられて、今はいい生活もしているんだがね。お前の妻が真面目ではない。天の神様にそういうふうに上がっているからね。もうお前達の家庭を取って来いということだよ。」「取って来いというのはどういう意味ですか。」と。「宝取って来なさいというのは、火、火だよ。火をおこして焼き払って来るようにという命令があってね。私はそういうことでお前の家に行くんだよ。」と言った。すると、びっくりしてね、「あ!そうだったんですか。夫婦であるのに私は分からなかった。私と同じように(両親に対しても)やっていると思っていたんですが、貴方にはそのように見えていたんですか。」「見えるよ、お前は妻と離縁することができるか。そうすることができないんであれば、今度はお前達の家庭はなくなるよ。」と言われてね。「あーそうですか。家庭より上の宝ないですよ。私からお詫しますから、どうにか許して下さい。」と謝まった。「そうだったら、お前が結婚している女と離縁する意志があるか、決心したか。」と言ったら、「あります。」と。「じゃあ私は帰るから、その通りにするんだよ。」と、その神様は道中で帰って行った。もう家に着いたんだが、毎日のように夫婦生活している女だけに、残念なことであった。もう、こんなことになっているとは思ってもみなかっただけに、本当に残念でたまらない。(夫が帰って来たので)奥さんはさっそく夕飯もちゃんと作って、召しあがって下さいと前に持ってきて、「どうなさったんですか、貴方は気分でも悪いんですか。どこかかげんでも悪いんですか。早く夕飯も召しあがって下さい。」と言ったからね。「どこも悪くはないよ。いつもと同じように健康であるんだが、今日は早々と夕飯を食べる気になれないよ。」「なぜどうしたんですか。」「もう是非お前に言わないといけないことがあるから、話してみようね。」と。「お前は私のところに来てから、どうして、飯でも何でもあるのに、私の両親にはちゃんともてなしもしないで、いつもひもじい思いをさせているというのではないか。」と(夫に)言われてしまった。「そうか!違うのか!私は神様からのお授けをちゃんと聞いて来ているんだが、ありのまま言えよ。もうしかたのないことだから。」と言ったらね。「そうでした。」「じゃあ、お前は今日限り実家に帰ってくれ。そうしないんだったら、この家庭は(焼き払う)とおっしゃっているからね。もうそれ以外に考えられないから、残念なことになっているが帰ってくれ。」と言った。「もうしかたがないそうします。帰ります。私の方が悪いです。」と。その後はどんな難事もなかったそうだ。この話を私に話した方はすでに亡くなったんだがね。やっぱりこの話は、想像話ではない。伊波にあったということだよ。
| レコード番号 | 47O373032 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C131 |
| 決定題名 | 大晦日の棺(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 貧乏者の話 |
| 話者名 | 当山三次郎 |
| 話者名かな | とうやまさんじろう |
| 生年月日 | 19010810 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村座喜味 |
| 記録日 | 19770227 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村座喜味T03B06 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集10座喜味の民話 P176 |
| キーワード | 貧乏,年を取った両親と息子,腰も曲がっている老人,背中に子供,伊波,子供は死んだ,家の裏座,黄金,財産,妻,天の神様,別の神様,女の姿,風呂敷包み,妻と離縁 |
| 梗概(こうがい) | それもまた貧乏、貧乏者の話であった。年を取った両親と男の子との三人で、もう大変貧乏な暮らしをしていたそうだ。家には今日食べる物もないほどの貧乏であった。この長男は、いつも他の家に儲けに行っていた。今はもういろいろな仕事がたくさんあるさあね。昔は、もう仕事といえば、金持ちの家に毎日毎日通って畑の日傭をしていた。この儲けてくるお金だけで、二人の親の面倒をみていた。もう大昔のことなので、どのくらいのお金をもらっていたか分からないが、その金持ちの家で三度の食事は食べていたようだ。(そしたらこの息子は)、私の両親は私が仕事に行って帰ってくる間、一日中食事もとってない。親は夕飯一回だけの食事なのに、私は三回も食事を取っていると考えた。そしてお昼まではそこで食べて、この夕飯はそこから主人にお願いして、自分の食べる分を家に持っていって両親に食べさせているほどの貧乏人であった。そうしたら、天の神様が見てね。この子供は非常に真面目な子供であるのに本当にかわいそうだなと思った。もうこうして仕事から自分の家へと行き来しているうちに、この天の神様と道中で逢ってしまった。「どうした青年、仕事帰りか。」と言って、もうお互いに道中で知りあっての話だよ。そうして仕事からの帰りに、八十歳以上になられる老人だが、腰も曲がっている老人が背中に子供もおんぶしていた。(その青年は)かわいそうだねこの人はと、「貴方はどこにいらっしゃるんですか。」と聞いた。(すると老人は)「伊波にだよ。」とおっしゃったそうだ。石川の伊波にね。「私も伊波の人だが、じゃ、貴方がいらっしゃるところの近くまで、この子供は私がおんぶしましょう。」と言ったら、「いいよ、いいよ青年。」と言われたのでね。「若い時の難儀は、このくらいは難儀ではありません。」と。「私の背中に替えて下さい。同じ伊波に行くんでしたら、貴方がいらっしゃるところまでの近くまでは、私が(その子供を)おんぶしてさしあげましょう。」と、三人で)背中を並べておんぶしたそうだ。その子供をおんぶしたら、おんぶするまでは元気な子供であったんだが、背中におぶったらその子供は死んで、手や足もだれてしまった。そうしたら、その神様は後をついてくるとばかり思っていたんだが、いなくなっていたそうだ。もう歩きながらさわってみたら、熱もなく手もだれた命のない子供をおんぶしているのに驚いてしまった。しかしどうせもう預かった以上は、道に投げていくわけにもいかないしね。私には両親がいるから、家に連れて行って両親と相談して、どうにかいい方法を習わないといけないと(考えた)。家に着くと、軒下のところにおろして、お母さんとお父さんに、「私はもう今日は、大変な目にあっていますよ。」と言ったから、「なぜ、どういうことか。」とおっしゃってね。「私はですね。道中で八十歳もすぎる老人が、子供をおぶって歩きにくそうにしていたものですから、『ああ、私がおんぶします。貴方がいらっしゃるところの近くまでは、私がおぶってさしあげましょう。私も伊波に行くんですよ』と言ったからね。『だったらもう、頑張ってくれよ』と、私にこの子供はおんぶさせたものの、一時はいらっしゃると思ったんだが、どこに行かれたのかいなくなってしまった。(私はもう)亡くなった子供を連れてきてありますよ。」と、両親に話したようだね。「またどうして、お前はそんな目にあってしまったのかね。誠実な人なのに、お前はどうして今日はこんな大変な目にあったんだろうね。」と、軒下の方に出て来て(その子供を)見た。「それならもう、家の裏座においておきなさい。」と言って、裏座に連れて行って寝かせたようだ。その青年はずっと心配して、どうなっているかとずっと心配し通しで、そこへ行って(子供の様子を)見たりしていたようだが。両親がそこへ行ってみたら、今の電気がついたように、そこは大変明るくなって、(その子供は)黄金になっていた。黄金になっていたので「おい!黄金になっているんだよ。お前の誠が天に通じて、天の神様が黄金を譲って下さったんでしょう。」、「ああ貴方は、そんなことはないでしょう。」と言ったら、「行って見てごらん、拝んでごらん。」と言ったそうだ。もう連れて来たその息子が見るともう、光ってその裏座は昼と同じくらいに明るくなっていたので、「はあ、見事なものですね。」と。そうして「これはもう、神様が私達を助けてくれたんだからね。この黄金は現代の金と替えないことには、私達にとって宝ではないからね。それがあるところで、金と替えようね。」と。その黄金は相当な金になったそうだ。貧乏であった家庭は財産も買って、家も大きくつくり、りっぱな農家になった。また(その息子は)妻もめとったんだが、その妻は真面目ではなかった。その妻は自分の夫が仕事から帰ってくると、立派に丁寧にもてなしていた。しかし両親にはひもじい思いをさせていた。たくさんあってもひもじい思いをさせていた。もう夕飯も自分達でちゃんと作っていた。生活が裕福になったので、自分が帰って来るまでには、妻が夕飯も作って出してくれた。そして「お父さんやお母さんにも出したか。」と言ったら、「あげましたよ。」と、「じゃあいい。」ということになって。そういうふうに食事をして、毎日暮らしていたようだ。このお父さんとお母さんはあまりにも真面目になってね。自分の長男の嫁であるのに、その嫁の悪口を言うことはできないとね。自分達が我慢すれば、辛抱すれば円満になるんだと。両親はどんなことがあっても辛抱していたそうだ。その二人の親は隠していたんだが、その両親は何の報告もしていないんだが、天の神様のところまで(その話は)届いていた。今度はまた別の神様が女の姿になって、仕事帰りに(その息子の前に)現れたようだ。途中で出逢ったからね。その女の人もまた、風呂敷包みを頭にのせていたので、かわいそうに思いその人も助けてあげた。「貴方の風呂敷包みは、私が持ちましょう。」と言ったからね。でももう人間には義理というものがあるので、たとえ若い者であるにせよ赤の他人に、(自分の荷物を)持たすわけにはいかない。義理というのがあるさあね。義理があるから「いいよ。」と断った。「どうしたんですか、このくらいの荷物を持つことは、私は難儀ではありませんよ。私に持たせて下さいませんか。」と言って、「どこまで行くんですか。」と聞いたら「伊波に。」そして「私も伊波の人ですよ。」と言った。「だったら同じところに行くんですから、貴方が用事で行く近くまでは私に持たせて下さい。」と、(その荷物は)渡したそうだ。そしてそのおばあさんに見える神様が、「私は伊波の屋号何というところに用事だよ。」と言った。すると「ああ!それは私達ですよ。なぜ何の用事ですか。」と言った。「あなた達であったのか、これは今度はちょっと言いにくいことだよ。」と。「それはどういうことですか。どういう事であろうと私の家庭のことですから、はっきりおっしゃって下さい。」と言ったからね。「もうお前が家に帰らないうちに逢ったのは、お前に徳があるんだからね。話そうね。」と言った。「あー話して下さい。」「お前はもうずっと以前に、天の神様に助けられたことは覚えているでしょう。」「あーよく覚えていますよ。」「お前は助けられて、今はいい生活もしているんだがね。お前の妻が真面目ではない。天の神様にそういうふうに上がっているからね。もうお前達の家庭を取って来いということだよ。」「取って来いというのはどういう意味ですか。」と。「宝取って来なさいというのは、火、火だよ。火をおこして焼き払って来るようにという命令があってね。私はそういうことでお前の家に行くんだよ。」と言った。すると、びっくりしてね、「あ!そうだったんですか。夫婦であるのに私は分からなかった。私と同じように(両親に対しても)やっていると思っていたんですが、貴方にはそのように見えていたんですか。」「見えるよ、お前は妻と離縁することができるか。そうすることができないんであれば、今度はお前達の家庭はなくなるよ。」と言われてね。「あーそうですか。家庭より上の宝ないですよ。私からお詫しますから、どうにか許して下さい。」と謝まった。「そうだったら、お前が結婚している女と離縁する意志があるか、決心したか。」と言ったら、「あります。」と。「じゃあ私は帰るから、その通りにするんだよ。」と、その神様は道中で帰って行った。もう家に着いたんだが、毎日のように夫婦生活している女だけに、残念なことであった。もう、こんなことになっているとは思ってもみなかっただけに、本当に残念でたまらない。(夫が帰って来たので)奥さんはさっそく夕飯もちゃんと作って、召しあがって下さいと前に持ってきて、「どうなさったんですか、貴方は気分でも悪いんですか。どこかかげんでも悪いんですか。早く夕飯も召しあがって下さい。」と言ったからね。「どこも悪くはないよ。いつもと同じように健康であるんだが、今日は早々と夕飯を食べる気になれないよ。」「なぜどうしたんですか。」「もう是非お前に言わないといけないことがあるから、話してみようね。」と。「お前は私のところに来てから、どうして、飯でも何でもあるのに、私の両親にはちゃんともてなしもしないで、いつもひもじい思いをさせているというのではないか。」と(夫に)言われてしまった。「そうか!違うのか!私は神様からのお授けをちゃんと聞いて来ているんだが、ありのまま言えよ。もうしかたのないことだから。」と言ったらね。「そうでした。」「じゃあ、お前は今日限り実家に帰ってくれ。そうしないんだったら、この家庭は(焼き払う)とおっしゃっているからね。もうそれ以外に考えられないから、残念なことになっているが帰ってくれ。」と言った。「もうしかたがないそうします。帰ります。私の方が悪いです。」と。その後はどんな難事もなかったそうだ。この話を私に話した方はすでに亡くなったんだがね。やっぱりこの話は、想像話ではない。伊波にあったということだよ。 |
| 全体の記録時間数 | 14:29 |
| 物語の時間数 | 14:29 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |