五月五日の菖蒲由来(シマグチ)

概要

女の人が鬼だったという話なんだがね。中城若松(注)という方は安谷屋の出身であった。そして大変美男子で正直者であったらしいが、若松は鬼である女の人と仲睦まじくなってしまった。そうして友達が二人の仲のよい事を聞きつけてやって来たら、二人は向かい合って話をしていた。その友達は本当であったんだねと、一人の友達は戸の節穴から覗いていた。「本当らしいよ、君も覗いてごらん。」と別の友人に言った。するとその友達も戸の節穴から、節穴は一カ所だけしかないので、そこから中を覗き込んだとたん後の方へひっくり返ってしまった。ひっくり返って「私は死んでいるのか、それとも生きているのか。」と友達に聞いた。その友達はあまりにもびっくりしたために、(後へ)ひっくり返ったのであり、死んではいなかった。そして起こしてやって、(この二人は)どうしても(若松と鬼は)引き離さなければいけないと考えた。若松はもう立派な人で正直者であるのでね。それで友達と若松も一緒に、その鬼の所へ攻めて行った。そういうわけだから、あの鬼は殺さなければいけないよと。その時に若松は傘を持っていたらしい。さし傘を持っていたようだが、そのさし傘で鬼が包丁をつきつけてくるのをふり払っていた。さし傘をさし出して、自分は身をかわしながら鬼から身を守っていたが、しまいには防げなくなってしまい、菖蒲の生えている中へ逃げ込んだ。そうしたらその鬼は菖蒲が恐かったのか、それとも探せなかったのかどうかは知らないけどね。(若松は)その菖蒲の中へ逃げたために助かったということから、五月五日になると菖蒲で箸を作り使うようになったという話だよ。その後、若松は上位階級の侍の身分であり、王にもつけるくらいの人格者だったそうだが、若松が死んだ後、今では「若松通り。」という地名が安谷屋に残っているよ。そこの上に若松の墓は作られているよ。

再生時間:3:03

民話詳細DATA

レコード番号 47O372984
CD番号 47O37C129
決定題名 五月五日の菖蒲由来(シマグチ)
話者がつけた題名 五月五日の菖蒲由来
話者名 上地弘治
話者名かな うえちこうじ
生年月日 18961015
性別
出身地 沖縄県読谷村座喜味
記録日 19770227
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村座喜味T02A14
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集10座喜味の民話 P27
キーワード 女の人が鬼,中城若松,安谷屋の出身,大変美男子,正直者,戸の節穴,さし傘,鬼,包丁,菖蒲,五月五日
梗概(こうがい) 女の人が鬼だったという話なんだがね。中城若松(注)という方は安谷屋の出身であった。そして大変美男子で正直者であったらしいが、若松は鬼である女の人と仲睦まじくなってしまった。そうして友達が二人の仲のよい事を聞きつけてやって来たら、二人は向かい合って話をしていた。その友達は本当であったんだねと、一人の友達は戸の節穴から覗いていた。「本当らしいよ、君も覗いてごらん。」と別の友人に言った。するとその友達も戸の節穴から、節穴は一カ所だけしかないので、そこから中を覗き込んだとたん後の方へひっくり返ってしまった。ひっくり返って「私は死んでいるのか、それとも生きているのか。」と友達に聞いた。その友達はあまりにもびっくりしたために、(後へ)ひっくり返ったのであり、死んではいなかった。そして起こしてやって、(この二人は)どうしても(若松と鬼は)引き離さなければいけないと考えた。若松はもう立派な人で正直者であるのでね。それで友達と若松も一緒に、その鬼の所へ攻めて行った。そういうわけだから、あの鬼は殺さなければいけないよと。その時に若松は傘を持っていたらしい。さし傘を持っていたようだが、そのさし傘で鬼が包丁をつきつけてくるのをふり払っていた。さし傘をさし出して、自分は身をかわしながら鬼から身を守っていたが、しまいには防げなくなってしまい、菖蒲の生えている中へ逃げ込んだ。そうしたらその鬼は菖蒲が恐かったのか、それとも探せなかったのかどうかは知らないけどね。(若松は)その菖蒲の中へ逃げたために助かったということから、五月五日になると菖蒲で箸を作り使うようになったという話だよ。その後、若松は上位階級の侍の身分であり、王にもつけるくらいの人格者だったそうだが、若松が死んだ後、今では「若松通り。」という地名が安谷屋に残っているよ。そこの上に若松の墓は作られているよ。
全体の記録時間数 3:03
物語の時間数 3:03
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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