
昔の何と言うか、下男の道と金持ちの道。その下男が伝えた歌を話すわけ。「私を童だとバカにして
こき使うだけ使え 踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ。」この金持ちの下男を使う人が、あんまり下男を粗末にした。この人はもう、お金も何もないと大変馬鹿にした。こういうふうにするんだよ、ああいうふうにするんだよと、馬鹿になさるんだがね。この歌に心を打たれ、やっぱりこの下男に返されて、金持ちの主人は、あゝこれはなるほど、頭は私より上である。「踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ」というのは、「実がつけば首も折れる」と。昔の粟やマージンというのも、いっぱい実がつくと垂れ下がるでしょう。頭が垂れてしまうよ。だからどんなに頭のよい方でも、(みんな)同じように世の中は手を取って語り合って歩んで行かないと、人間の道ではないということを、この下男に知らされたわけです。この下男は、金持ちのタンメーから見直された。この子は、子供だとばかり思っていたのに、大変なことになった。(人間の道というのを歌で)この金持ちの主人に伝えたわけです。「私を童だとバカにしてこき使うだけ使え 踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ」田圃の稲は、よく肥やしも入れて一生懸命耕やしたよ。田植えといえば、寒い時にも私達もよくやったよ。たくさん肥やしも入れてね。「稲はもう、実はつくと、下がるでしょう。下がれば下がるほど豊作であるから、(人間も)頭が良くてもいつも慎しむことですよ。」ということである。頭のよい子を生んでも、頭の悪い子生んでも、金持ちでも貧乏人でも、金持ちと貧乏は坂を降りたり登ったりするようなものである。坂道に似たようなものであるよ。この世の金持ちと貧乏というのは、いつまでも金持ちでもなく、いつまでも貧乏でもないよという理屈は、下男に教えられたそうだ。
| レコード番号 | 47O372260 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C099 |
| 決定題名 | 下男が歌った歌(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | 下男が歌った歌 |
| 話者名 | 知花ハツ |
| 話者名かな | 知花ハツ |
| 生年月日 | 19090609 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村高志保 |
| 記録日 | 19770222 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第7班 |
| 元テープ番号 | 読谷村高志保T01A11 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 12 |
| 発句(ほっく) | んかし |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集8高志保の民話 P78 |
| キーワード | 金持ち,下男 |
| 梗概(こうがい) | 昔の何と言うか、下男の道と金持ちの道。その下男が伝えた歌を話すわけ。「私を童だとバカにして こき使うだけ使え 踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ。」この金持ちの下男を使う人が、あんまり下男を粗末にした。この人はもう、お金も何もないと大変馬鹿にした。こういうふうにするんだよ、ああいうふうにするんだよと、馬鹿になさるんだがね。この歌に心を打たれ、やっぱりこの下男に返されて、金持ちの主人は、あゝこれはなるほど、頭は私より上である。「踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ」というのは、「実がつけば首も折れる」と。昔の粟やマージンというのも、いっぱい実がつくと垂れ下がるでしょう。頭が垂れてしまうよ。だからどんなに頭のよい方でも、(みんな)同じように世の中は手を取って語り合って歩んで行かないと、人間の道ではないということを、この下男に知らされたわけです。この下男は、金持ちのタンメーから見直された。この子は、子供だとばかり思っていたのに、大変なことになった。(人間の道というのを歌で)この金持ちの主人に伝えたわけです。「私を童だとバカにしてこき使うだけ使え 踏みつけられた稲は 畔を枕にして実っているよ」田圃の稲は、よく肥やしも入れて一生懸命耕やしたよ。田植えといえば、寒い時にも私達もよくやったよ。たくさん肥やしも入れてね。「稲はもう、実はつくと、下がるでしょう。下がれば下がるほど豊作であるから、(人間も)頭が良くてもいつも慎しむことですよ。」ということである。頭のよい子を生んでも、頭の悪い子生んでも、金持ちでも貧乏人でも、金持ちと貧乏は坂を降りたり登ったりするようなものである。坂道に似たようなものであるよ。この世の金持ちと貧乏というのは、いつまでも金持ちでもなく、いつまでも貧乏でもないよという理屈は、下男に教えられたそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 2:53 |
| 物語の時間数 | 2:53 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |