
(吉屋チルーは)どのように育てられたか、昔は貧乏な家庭では、女郎として親が娘を売ったそうだ。そういうことで、この話はゆっくりゆっくり詳しく話は聞かないと、話にならない。この娘の行先はやはり初めは尾類(注1)に出されてからの話だ。尾類になった娘は、客を取ることになった。客に呼ばれて吉屋がどうなったか、なぜ死んだのか、聞いた所では、悪い病気を持ったお客に呼ばれ、そうとは知らずに客を取り、病気を知って嘆き悲しんで、墓の前で舌をかんで死んでしまった。そこで女郎屋のおかみは、金さえもらえれば、いやな客にでももてなして、お金を儲けようと、おかみは思って客を取らせたのだが、吉屋チルは悲嘆して、自分で生命を絶った。吉屋チルーが死んでから「良い尾類で、客も多くてよかったのに、私は金儲けができたのに、死んでしまって。」と、尾類アンマーは悔んだ。又吉屋チルーが歌を詠んだ。「生きている間は私をそまつに扱って、んだらバクチャヤの墓に通っていまさら何になるか。」と歌った。おかみも悲観して墓で死んでしまう。本当は、我々の比謝橋を架けて、吉屋が女郎に売られる時にはどうだったかと言うと、こんな比謝橋を誰が架けたのか 意地悪な人が私を尾類に行がそうとして架けてあるんだろうね。」昔、そのころ橋は架けたばかりで、その橋を渡って吉屋チルーは、尾類に売られて行った。なぜ誰がその橋を架けたのか、橋が無ければ私も尾類として、売られていかなくてもよいものをと言ったそうだ。
| レコード番号 | 47O372238 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C098 |
| 決定題名 | 吉屋チルー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 吉屋チルー |
| 話者名 | 福地祭良 |
| 話者名かな | ふくじさいりょう |
| 生年月日 | 18941206 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村渡慶次 |
| 記録日 | 19840418 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村渡慶次T10A05 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集7渡慶次の民話 P194 |
| キーワード | 貧乏な家庭,女郎,親が娘を売った,吉屋チルー,自分で生命を絶った |
| 梗概(こうがい) | (吉屋チルーは)どのように育てられたか、昔は貧乏な家庭では、女郎として親が娘を売ったそうだ。そういうことで、この話はゆっくりゆっくり詳しく話は聞かないと、話にならない。この娘の行先はやはり初めは尾類(注1)に出されてからの話だ。尾類になった娘は、客を取ることになった。客に呼ばれて吉屋がどうなったか、なぜ死んだのか、聞いた所では、悪い病気を持ったお客に呼ばれ、そうとは知らずに客を取り、病気を知って嘆き悲しんで、墓の前で舌をかんで死んでしまった。そこで女郎屋のおかみは、金さえもらえれば、いやな客にでももてなして、お金を儲けようと、おかみは思って客を取らせたのだが、吉屋チルは悲嘆して、自分で生命を絶った。吉屋チルーが死んでから「良い尾類で、客も多くてよかったのに、私は金儲けができたのに、死んでしまって。」と、尾類アンマーは悔んだ。又吉屋チルーが歌を詠んだ。「生きている間は私をそまつに扱って、んだらバクチャヤの墓に通っていまさら何になるか。」と歌った。おかみも悲観して墓で死んでしまう。本当は、我々の比謝橋を架けて、吉屋が女郎に売られる時にはどうだったかと言うと、こんな比謝橋を誰が架けたのか 意地悪な人が私を尾類に行がそうとして架けてあるんだろうね。」昔、そのころ橋は架けたばかりで、その橋を渡って吉屋チルーは、尾類に売られて行った。なぜ誰がその橋を架けたのか、橋が無ければ私も尾類として、売られていかなくてもよいものをと言ったそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:49 |
| 物語の時間数 | 3:49 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |