
大正何年頃だったかはっきり分かりませんがね。本部御殿(注)のサールーとか、喜屋武ミーぐゎーとか、あの沖縄の武士が、台湾に見せ物に行ったわけです。大正何年か頃に、あの本部御殿が、世界一拳闘の強い人を倒した年だった。本土の方に、世界一強いアメリカ人が、拳闘の勝負をしにきたんだけど、相手になる人がいなかった。それで、誰かもし相手できるんだったら飛び入りしなさいといったら、本部サールーは、すぐ「はい」と言って出て行ったらしいです。そして昔は、馬袴という股がさけた袴があったんです。それを着けて出て行って、あの世界一の人と戦うようになったわけ。見物人は皆で馬鹿じゃないかと言ったそうですよ。それからグローブをはめて戦いなさいと言ったが、「私は、グローブをはめなくてもいい。」と。そして、本当は本部サールーの沖縄の空手は、一段と上であった。試合が始まり、構えていたら、相手が入ってこれなかったから、今度は(わざと隙を作るふりして)こうやって構えなおしたらしいね。隙のある構えを作ったら相手が仕掛けてきたらしいね。そうしたら一撃に首の骨を折って倒したわけですよ。その世界一の拳闘屋を倒してから、喜屋武ミーぐゎーも、本部サールー、他二、三人ぐらいで台湾に見せ物へ行った。だけど台湾では、沖縄の空手は刃物と同じだということが雑誌にあったものだから、誰も相手にする者がいなかった。だから儲からんで沖縄に帰った。
| レコード番号 | 47O372195 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C095 |
| 決定題名 | 本部サールー(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 本部サールー |
| 話者名 | 福地祭考 |
| 話者名かな | ふくじさいこう |
| 生年月日 | 18960925 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村渡慶次 |
| 記録日 | 19840327 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村渡慶次T08B02 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集7渡慶次の民話 P116 |
| キーワード | 本部御殿のサールー,喜屋武ミーぐゎー,沖縄の武士,台湾に見せ物,世界一強いアメリカ人,沖縄の空手 |
| 梗概(こうがい) | 大正何年頃だったかはっきり分かりませんがね。本部御殿(注)のサールーとか、喜屋武ミーぐゎーとか、あの沖縄の武士が、台湾に見せ物に行ったわけです。大正何年か頃に、あの本部御殿が、世界一拳闘の強い人を倒した年だった。本土の方に、世界一強いアメリカ人が、拳闘の勝負をしにきたんだけど、相手になる人がいなかった。それで、誰かもし相手できるんだったら飛び入りしなさいといったら、本部サールーは、すぐ「はい」と言って出て行ったらしいです。そして昔は、馬袴という股がさけた袴があったんです。それを着けて出て行って、あの世界一の人と戦うようになったわけ。見物人は皆で馬鹿じゃないかと言ったそうですよ。それからグローブをはめて戦いなさいと言ったが、「私は、グローブをはめなくてもいい。」と。そして、本当は本部サールーの沖縄の空手は、一段と上であった。試合が始まり、構えていたら、相手が入ってこれなかったから、今度は(わざと隙を作るふりして)こうやって構えなおしたらしいね。隙のある構えを作ったら相手が仕掛けてきたらしいね。そうしたら一撃に首の骨を折って倒したわけですよ。その世界一の拳闘屋を倒してから、喜屋武ミーぐゎーも、本部サールー、他二、三人ぐらいで台湾に見せ物へ行った。だけど台湾では、沖縄の空手は刃物と同じだということが雑誌にあったものだから、誰も相手にする者がいなかった。だから儲からんで沖縄に帰った。 |
| 全体の記録時間数 | 3:08 |
| 物語の時間数 | 3:08 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |