与那原親方(方言)

概要

この人はね、与那原親方という人は秀れた文学者であって、たくさんの琉歌を作ったそうだ。それから、在番奉行所に、薩摩在番奉行所によく出入りなさっていたので、そこからの帰りであったのか、行きであったのか分らないが‥‥。〈ちょうど今の中央郵便局あたりだろうか。そこに若狭町ヒチムナーといって漆器職人がいた。朱塗りや黒塗りのうるし塗りのね、値は高いよ。そして、うるしはハゼ木の液を使う。また、ハジマキというのがあるが、ハゼ木の下から子どもたちを連れて歩くだけでもかぶれてヘーカサーになるのもいるでしょう。ハゼ木の山といってハゼ木だけの山があった。現在はプラスチックの食器が多いが、若狭町の人達は、椀などの食器は木に彫ってうるしを塗って作っていた。現在、幾人かはそのようにして、作っている人達もいるでしょう。〉そのハゼ木の山は内兼久山と呼んでいた。内兼久山の側を与那原親方が通ると、ハゼ木に首つり自殺している人がいた。本当はそれを見ているのだが「私はあなたを見なかったよ。」と歌を詠んだ。「急ぐ道に足を止めて、その色の美しさよ 内兼久山のハジの紅葉。」と琉歌を詠んだ。紅葉を見ているんだよと。道を急いでいたんだが、(人が木に)下がっているのに出くわして、おかしいなあと見ていた。でも「あなたは見なかったよ、私は紅葉の木を見ているのだ。」とね。そのように歌って通ったので、何のたたりもなかったそうだ。それでこのようなものは、人より先に見るものではないという話があった。

再生時間:2:35

民話詳細DATA

レコード番号 47O371920
CD番号 47O37C083
決定題名 与那原親方(方言)
話者がつけた題名 与那原親方 人より先に物は見るな
話者名 新城平永
話者名かな あらしろへいえい
生年月日 19210305
性別
出身地 沖縄県読谷村宇座
記録日 19830222
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村宇座T12A13
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集6宇座の民話 P238
キーワード 与那原親方,秀れた文学者,琉歌,薩摩在番奉行所,若狭町ヒチムナー,漆器職人,朱塗りや黒塗りのうるし塗り,内兼久山,ハゼ木に首つり自殺,人より先に見るものではない
梗概(こうがい) この人はね、与那原親方という人は秀れた文学者であって、たくさんの琉歌を作ったそうだ。それから、在番奉行所に、薩摩在番奉行所によく出入りなさっていたので、そこからの帰りであったのか、行きであったのか分らないが‥‥。〈ちょうど今の中央郵便局あたりだろうか。そこに若狭町ヒチムナーといって漆器職人がいた。朱塗りや黒塗りのうるし塗りのね、値は高いよ。そして、うるしはハゼ木の液を使う。また、ハジマキというのがあるが、ハゼ木の下から子どもたちを連れて歩くだけでもかぶれてヘーカサーになるのもいるでしょう。ハゼ木の山といってハゼ木だけの山があった。現在はプラスチックの食器が多いが、若狭町の人達は、椀などの食器は木に彫ってうるしを塗って作っていた。現在、幾人かはそのようにして、作っている人達もいるでしょう。〉そのハゼ木の山は内兼久山と呼んでいた。内兼久山の側を与那原親方が通ると、ハゼ木に首つり自殺している人がいた。本当はそれを見ているのだが「私はあなたを見なかったよ。」と歌を詠んだ。「急ぐ道に足を止めて、その色の美しさよ 内兼久山のハジの紅葉。」と琉歌を詠んだ。紅葉を見ているんだよと。道を急いでいたんだが、(人が木に)下がっているのに出くわして、おかしいなあと見ていた。でも「あなたは見なかったよ、私は紅葉の木を見ているのだ。」とね。そのように歌って通ったので、何のたたりもなかったそうだ。それでこのようなものは、人より先に見るものではないという話があった。
全体の記録時間数 2:35
物語の時間数 2:35
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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