
これは国吉のおじいさんから聞いた話だがね、国吉真幸という方である。その人は亡くなっているが、大里城の按司になった国吉ぬヒャーの何代目かになっているそうだ。国吉ぬヒャーと護佐丸は関係があるわけさ。護佐丸の三男、盛親は生き残ったさあね、乳母に連れられて…。男の侍は国吉ぬヒャーで、その人はムイヤカーであった。女は乳母で乳を飲ましてあげる役だった。乳母とムイヤカーの二人で、その子、盛親を連れて逃げた。そのとき、国吉ぬヒャーという人は、自分で位を下げたようだ。〈これは、波平が現在やっている大本部という組踊にもあるが、「元は国吉ぬヒャー、今は国吉ぬシー」と言ってね。〉シーの位に落として、自分で名義を変えたようだ。(盛親を)隠れていて育て、護佐丸の敵を射たすためであった。そして、宇加地の東の方にカンジャーガマってあるがね。〈今もあるよ、カンジャーガマ、去った戦争のとき、宇加地の人はここに避難して生きのびたという話だよ。〉そのカンジャーガマに隠れていて、カンジャーを雇い、ここで武道具を作ったようだ。護佐丸の敵をうつためにね。(国吉ぬヒャーは)鍛冶はできないのでカンジャーを雇って、自分もカンジャーのふりをしていた。また、(国吉ぬヒャーには)カミジューという子がいた。(盛親を連れていることが)後に感づかれて、「護佐丸の三男はお前が連れているだろう」と言われ、「その子は連れていません。」と、初めは返答したが、とうとう知れてしまった。それで、自分の子のカミジューを連れて来て、「実はもう、これが護佐丸の三男、盛親です。」と、自分の子を身替わりとして行かせ、死刑になった。それから、鬼大城や盛親らがいっしょになって阿麻和利を討ち取ったわけだ。盛親を連れている国吉ぬヒャーも戦さに出て、その子を連れて、いっしょに敵を討った。討ち取ったので、国吉ぬヒャーは大里城の按司に上がった。大里城の按司になったということで、「私達はその人の子孫だよ。」と、(国吉真幸さんは)自慢なさっていたよ。護佐丸の三男が敵を討ったという話は、「国吉ぬひゃーの子孫だよ。」と、言いながら話しておられた。
| レコード番号 | 47O371914 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C083 |
| 決定題名 | 護佐丸(方言混) |
| 話者がつけた題名 | 護佐丸 |
| 話者名 | 新城平永 |
| 話者名かな | あらしろへいえい |
| 生年月日 | 19210305 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村宇座 |
| 記録日 | 19830222 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村宇座T12A07 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 渡慶次の国吉真幸 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集6宇座の民話 P215 |
| キーワード | ,大里城の按司,国吉ぬヒャー,護佐丸の三男,盛親,乳母,ムイヤカー,大本部という組踊,宇加地の東の方,カンジャーガマ,武道具,カンジャー,カミジュー,自分の子を身替わり,死刑,鬼大城,阿麻和利を討ち取った |
| 梗概(こうがい) | これは国吉のおじいさんから聞いた話だがね、国吉真幸という方である。その人は亡くなっているが、大里城の按司になった国吉ぬヒャーの何代目かになっているそうだ。国吉ぬヒャーと護佐丸は関係があるわけさ。護佐丸の三男、盛親は生き残ったさあね、乳母に連れられて…。男の侍は国吉ぬヒャーで、その人はムイヤカーであった。女は乳母で乳を飲ましてあげる役だった。乳母とムイヤカーの二人で、その子、盛親を連れて逃げた。そのとき、国吉ぬヒャーという人は、自分で位を下げたようだ。〈これは、波平が現在やっている大本部という組踊にもあるが、「元は国吉ぬヒャー、今は国吉ぬシー」と言ってね。〉シーの位に落として、自分で名義を変えたようだ。(盛親を)隠れていて育て、護佐丸の敵を射たすためであった。そして、宇加地の東の方にカンジャーガマってあるがね。〈今もあるよ、カンジャーガマ、去った戦争のとき、宇加地の人はここに避難して生きのびたという話だよ。〉そのカンジャーガマに隠れていて、カンジャーを雇い、ここで武道具を作ったようだ。護佐丸の敵をうつためにね。(国吉ぬヒャーは)鍛冶はできないのでカンジャーを雇って、自分もカンジャーのふりをしていた。また、(国吉ぬヒャーには)カミジューという子がいた。(盛親を連れていることが)後に感づかれて、「護佐丸の三男はお前が連れているだろう」と言われ、「その子は連れていません。」と、初めは返答したが、とうとう知れてしまった。それで、自分の子のカミジューを連れて来て、「実はもう、これが護佐丸の三男、盛親です。」と、自分の子を身替わりとして行かせ、死刑になった。それから、鬼大城や盛親らがいっしょになって阿麻和利を討ち取ったわけだ。盛親を連れている国吉ぬヒャーも戦さに出て、その子を連れて、いっしょに敵を討った。討ち取ったので、国吉ぬヒャーは大里城の按司に上がった。大里城の按司になったということで、「私達はその人の子孫だよ。」と、(国吉真幸さんは)自慢なさっていたよ。護佐丸の三男が敵を討ったという話は、「国吉ぬひゃーの子孫だよ。」と、言いながら話しておられた。 |
| 全体の記録時間数 | 4:20 |
| 物語の時間数 | 4:20 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |