
瀬利(しりー)の武人(ぶさー)御主前(うすめー)は、沖縄では力持ち、力が強かったので首里の御城の用心棒であった。瀬利武人御主前のいる田舎に町からもよく相撲取りに来た。首里、那覇から三人、組んで相撲を取りにやって来た。ところで、牧港の南の方は松林があって、道の側に(瀬利の武人御主前は)家に帰る途中休んでいた。そこで(三人組は)瀬利武人御主前の所に来て、「あなたはどこの人か。」「私は読谷山です。」「読谷山に瀬利の、相撲が強いウスメーが、お父がいらっしゃるそうですね。」「はい。」「何しにいらっしゃるのですか。」と言うと、「相僕を取って来ようと思うのだが。」「えっ私の兄さんと相僕を取りにいらっしゃる!私は弟ですが私とまず、一手あやかってみませんか。」と言った。ここで相僕を取ったら、もう三人ともねじりふせてしまった。それで、足をひっかけては、倒し、ひっかけては倒しして、「あなたたち、三人とも私にさえかなわないのに、私の兄さんは私の二倍の力があるのだよ。私の兄さんと相撲取りに、ダメダメ、やめた方がいい。もうあなたたち三人にはできない。」と言ったので、「そんなに強いのかい。」と言って三人は帰って行った。その後、那覇の町で、渡地の前で網をうっている人達、侍タンメーらの子どもたちがいたようだ。「ヤッチーぐゎー、そんなにしては魚は入らないよ。さあさあ私打ってあげよう。」と言って、その子の網を借りて、一回投げてティールのいっぱい採っていた。しかし、親はそばに座っていたが、(自分の子を)ヤッチーぐゎーと呼んだといって、怒っていた。「お前は私の子どもをヤッチーグヮーと呼ぶのか。」「どうしてヤッチーではないか。それではアッピーと呼ぼうか。」と言うと、「スヌメーだのにヤッチーぐゎーとは。」とここで喧嘩になった。そして、他の人が「ええ、あなたがたよ、魚を取ってくれてもまた喧嘩を買うのか。『ありがとう。教えて下さい』というのが道理じゃないか。えっ侍はこんなものか。私も侍だけどこんなことはしないよ。」と言われたので、「そうなのかな。」と言った。翌日、酒瓶を持って、お礼かたがた「どのようにして投げてどうすればよいのか。」と習いに来ていた。昔は、アンカーが無いので、杭を打ってそれに船を縛ってあった。それでその間に、杭のあるところに網を投げて採っていた。そこは魚がたくさんいるので、一回投げてティールのいっぱい採れたそうだ。それでそんな事があって、後になってから習いにきていたよと物笑いになったそうだ。
| レコード番号 | 47O371650 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C071 |
| 決定題名 | 瀬利の武人御主前(方言) |
| 話者がつけた題名 | 瀬利の武人御主前 |
| 話者名 | 山内蒲助 |
| 話者名かな | やまうちかますけ |
| 生年月日 | 18970614 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村宇座 |
| 記録日 | 19770813 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第4班 |
| 元テープ番号 | 読谷村宇座T04A03 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集6宇座の民話 P110 |
| キーワード | 瀬利の武人御主前,沖縄では力持ち,首里の御城の用心棒,相撲取り,牧港,読谷山,相撲が強いウスメー,那覇の町,渡地,網 |
| 梗概(こうがい) | 瀬利(しりー)の武人(ぶさー)御主前(うすめー)は、沖縄では力持ち、力が強かったので首里の御城の用心棒であった。瀬利武人御主前のいる田舎に町からもよく相撲取りに来た。首里、那覇から三人、組んで相撲を取りにやって来た。ところで、牧港の南の方は松林があって、道の側に(瀬利の武人御主前は)家に帰る途中休んでいた。そこで(三人組は)瀬利武人御主前の所に来て、「あなたはどこの人か。」「私は読谷山です。」「読谷山に瀬利の、相撲が強いウスメーが、お父がいらっしゃるそうですね。」「はい。」「何しにいらっしゃるのですか。」と言うと、「相僕を取って来ようと思うのだが。」「えっ私の兄さんと相僕を取りにいらっしゃる!私は弟ですが私とまず、一手あやかってみませんか。」と言った。ここで相僕を取ったら、もう三人ともねじりふせてしまった。それで、足をひっかけては、倒し、ひっかけては倒しして、「あなたたち、三人とも私にさえかなわないのに、私の兄さんは私の二倍の力があるのだよ。私の兄さんと相撲取りに、ダメダメ、やめた方がいい。もうあなたたち三人にはできない。」と言ったので、「そんなに強いのかい。」と言って三人は帰って行った。その後、那覇の町で、渡地の前で網をうっている人達、侍タンメーらの子どもたちがいたようだ。「ヤッチーぐゎー、そんなにしては魚は入らないよ。さあさあ私打ってあげよう。」と言って、その子の網を借りて、一回投げてティールのいっぱい採っていた。しかし、親はそばに座っていたが、(自分の子を)ヤッチーぐゎーと呼んだといって、怒っていた。「お前は私の子どもをヤッチーグヮーと呼ぶのか。」「どうしてヤッチーではないか。それではアッピーと呼ぼうか。」と言うと、「スヌメーだのにヤッチーぐゎーとは。」とここで喧嘩になった。そして、他の人が「ええ、あなたがたよ、魚を取ってくれてもまた喧嘩を買うのか。『ありがとう。教えて下さい』というのが道理じゃないか。えっ侍はこんなものか。私も侍だけどこんなことはしないよ。」と言われたので、「そうなのかな。」と言った。翌日、酒瓶を持って、お礼かたがた「どのようにして投げてどうすればよいのか。」と習いに来ていた。昔は、アンカーが無いので、杭を打ってそれに船を縛ってあった。それでその間に、杭のあるところに網を投げて採っていた。そこは魚がたくさんいるので、一回投げてティールのいっぱい採れたそうだ。それでそんな事があって、後になってから習いにきていたよと物笑いになったそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:32 |
| 物語の時間数 | 3:32 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |