
今帰仁であったのかどうか、沖縄本島の北部、山原を旅しての帰りで、赤犬子が子どもと一緒に瀬良垣の浜に着いた時、子どもがひもじいと言って泣いて歩こうともしなかった。昔は食堂というのもなかったので入ることもできず、人がたくさん集まっている所に何か食べ物がないかと思った。そこで、船を作っている人々に、瀬良垣の浜辺で船を作っている人々に、子どもが泣くわけを話し、「芋をひとつわけて下さい。腹がへって歩く事もできないで困っています。」と言うと、「身も知らずの人にやる芋はない。」と突っぱねられて帰された。「どうしてこんなにたちの悪い島なんだろう。そんな根性の悪いところの船は水船にしかならん、そこからはすばらしい船は産まれないだろうよ。」と赤犬子はそのように言い残して帰った。そしてやっとのことで前の部落へと進み、恩納も越え、ヤカタも越え谷茶に着いた。谷茶にも同じような船大工がいた。その人に、「そこまでがまんして歩いて来たのだが、子どもが泣いてどうしようもないので芋ひとつ食べさせて下さいませんか。」と言うと、「泣いている子どもはかわいそうだ。」とそこでは心よく「早く食べさせなさい。」とあげたそうだ。すると子どもは腹が満ちて元気になり泣き止んだのであった。赤犬子も喜び、「ここで作る船はとても速い船ができるであろう。」と言って帰った。それから四、五日経つと、言った通り谷茶の船は、谷茶の人々の作った船はとても速い船が産まれ、とても大漁であったそうだ。一方瀬良垣の人々の船は浸水して、まもなく沈没し水船になったらしい。それから瀬良垣の青年達は怒って、「その人がそのような言い方をしたのでこんなになってしまった。」と、瀬良垣の青年、村人達が六尺棒を持ち楚辺の赤犬子の家を探してやって来た。そして、屋敷を取り囲み、赤犬子をつき殺そうと探し始めたので、赤犬子はここから逃げ出さなければいけないと思った。赤犬子は逃げて行く際に、「たとえ自分がいなくなっても探し出したりはしないでほしい。」その時赤犬子は帰るつもりはなかったらしい。「私が死ぬ所は竹の根が上にはえていて下にのびている所が、私の死に場所だ。」それっきり言って、それからいなくなってしまった。赤犬子は死んでしまった。神というのは遺骨がないって言うこと。それから上下の話というのは、竹の根が上に向けてはえ、下にのびている所を探したら、今のトリイ・ステイション前にある赤犬子宮であるという話を聞いた事があるんだよ。遺骨はないらしいよ。
| レコード番号 | 47O371290 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C057 |
| 決定題名 | 赤犬子(方言) |
| 話者がつけた題名 | 赤犬子の話 |
| 話者名 | 町田宗進 |
| 話者名かな | まちだそうしん |
| 生年月日 | 19160305 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村儀間 |
| 記録日 | 19770224 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第3班 |
| 元テープ番号 | 読谷村儀間T04B03 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 話は雨降りの時、仕事に行けない時に聞いた。この話は渡慶次の神谷乗慶さんから聞いた。 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集5儀間の民話 P258 |
| キーワード | 今帰仁,山原を旅,赤犬子,瀬良垣の浜,子どもがひもじい,芋をわけて下さい,水船,谷茶,船大工,速い船,竹の根,神,遺骨,赤犬子宮で |
| 梗概(こうがい) | 今帰仁であったのかどうか、沖縄本島の北部、山原を旅しての帰りで、赤犬子が子どもと一緒に瀬良垣の浜に着いた時、子どもがひもじいと言って泣いて歩こうともしなかった。昔は食堂というのもなかったので入ることもできず、人がたくさん集まっている所に何か食べ物がないかと思った。そこで、船を作っている人々に、瀬良垣の浜辺で船を作っている人々に、子どもが泣くわけを話し、「芋をひとつわけて下さい。腹がへって歩く事もできないで困っています。」と言うと、「身も知らずの人にやる芋はない。」と突っぱねられて帰された。「どうしてこんなにたちの悪い島なんだろう。そんな根性の悪いところの船は水船にしかならん、そこからはすばらしい船は産まれないだろうよ。」と赤犬子はそのように言い残して帰った。そしてやっとのことで前の部落へと進み、恩納も越え、ヤカタも越え谷茶に着いた。谷茶にも同じような船大工がいた。その人に、「そこまでがまんして歩いて来たのだが、子どもが泣いてどうしようもないので芋ひとつ食べさせて下さいませんか。」と言うと、「泣いている子どもはかわいそうだ。」とそこでは心よく「早く食べさせなさい。」とあげたそうだ。すると子どもは腹が満ちて元気になり泣き止んだのであった。赤犬子も喜び、「ここで作る船はとても速い船ができるであろう。」と言って帰った。それから四、五日経つと、言った通り谷茶の船は、谷茶の人々の作った船はとても速い船が産まれ、とても大漁であったそうだ。一方瀬良垣の人々の船は浸水して、まもなく沈没し水船になったらしい。それから瀬良垣の青年達は怒って、「その人がそのような言い方をしたのでこんなになってしまった。」と、瀬良垣の青年、村人達が六尺棒を持ち楚辺の赤犬子の家を探してやって来た。そして、屋敷を取り囲み、赤犬子をつき殺そうと探し始めたので、赤犬子はここから逃げ出さなければいけないと思った。赤犬子は逃げて行く際に、「たとえ自分がいなくなっても探し出したりはしないでほしい。」その時赤犬子は帰るつもりはなかったらしい。「私が死ぬ所は竹の根が上にはえていて下にのびている所が、私の死に場所だ。」それっきり言って、それからいなくなってしまった。赤犬子は死んでしまった。神というのは遺骨がないって言うこと。それから上下の話というのは、竹の根が上に向けてはえ、下にのびている所を探したら、今のトリイ・ステイション前にある赤犬子宮であるという話を聞いた事があるんだよ。遺骨はないらしいよ。 |
| 全体の記録時間数 | 3:07 |
| 物語の時間数 | 3:07 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |