赤犬子と侍の問答(方言)

概要

もう、別から訪ねてきた人は赤犬子の家に行ったでしょうね。楚辺部落だったというから。行くと、もう別から来た人が「お前のお父、お母はどこに行ったのか。」と行ったようだ。すると(赤犬子は)、「畑に行った。冬青草、夏ザラザラ、それを刈りに行っている。」と答えた。「なんだ、そういうのは?」と聞くと、「来よ 稲、田んぼに作る稲ね、屋湯青草で夏ザラザラ、こんなこんなしているよ。」と、(赤犬子は)質問しに来ている人に行ったようだ。「何だろうか、そういうものは。冬青草で夏ザラザラか。」まあ、そのそこに訪ねて来ている人はそれを分からなかったようだ。「それがお分かりにならないのか。」と言って(赤犬子は)「ほら、冬には稲は青草でしょう、また夏にはザラザラして刈り時期になるでしょう、そう、それだよ。」と教えると、(その人は)ああ、そうなのか。」と言った。〈子供なんだよ、その赤犬子という子供は子供なんだよ。〉また、そこに来ている人が、「君は十歳になったら百歳になったと思いなさい。」と言ったようだ。そうしたら、また同じように返答したようだ。「前方の海は大船も走り、小舟も走るよ。」と、(赤犬子は)また返答したようだ。そうしたからもう、これはその前までは年取り次第に亡くなっていたようだ。「前方の海は小舟も走り、大船も走るよ。」といったのでもう、小さい船も走るし、伝馬船も、大きな船も走った。「十歳になったら百歳になったらと思いなさいよ。」と言って家に帰って行った。その後から、子供達でも死ぬようになり、大人も死ぬし。しかしその前までは、年寄り次第に亡くなっていたというが、今では病気にかかったら子供達でも死ぬのがいるでしょう。これは赤犬子の話だった。誰でも分かるでしょう楚辺赤犬子というのは。これはもう、今もって神として崇め祭られているでしょう、赤犬子は。

再生時間:3:42

民話詳細DATA

レコード番号 47O371155
CD番号 47O37C051
決定題名 赤犬子と侍の問答(方言)
話者がつけた題名 赤犬子
話者名 宮城正二
話者名かな みやぎしょうじ
生年月日 18891125
性別
出身地 沖縄県読谷村伊良皆
記録日 19770508
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第6班
元テープ番号 読谷村伊良皆T13A12
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集1伊良皆の民話 P203
キーワード 赤犬子の家,楚辺部落,お父とお母はどこに行った,畑に行った,冬青草,夏ザラザラ,稲は青草,前方の海は大船も走り小舟も走る,楚辺赤犬子,神として崇め祭られている
梗概(こうがい) もう、別から訪ねてきた人は赤犬子の家に行ったでしょうね。楚辺部落だったというから。行くと、もう別から来た人が「お前のお父、お母はどこに行ったのか。」と行ったようだ。すると(赤犬子は)、「畑に行った。冬青草、夏ザラザラ、それを刈りに行っている。」と答えた。「なんだ、そういうのは?」と聞くと、「来よ 稲、田んぼに作る稲ね、屋湯青草で夏ザラザラ、こんなこんなしているよ。」と、(赤犬子は)質問しに来ている人に行ったようだ。「何だろうか、そういうものは。冬青草で夏ザラザラか。」まあ、そのそこに訪ねて来ている人はそれを分からなかったようだ。「それがお分かりにならないのか。」と言って(赤犬子は)「ほら、冬には稲は青草でしょう、また夏にはザラザラして刈り時期になるでしょう、そう、それだよ。」と教えると、(その人は)ああ、そうなのか。」と言った。〈子供なんだよ、その赤犬子という子供は子供なんだよ。〉また、そこに来ている人が、「君は十歳になったら百歳になったと思いなさい。」と言ったようだ。そうしたら、また同じように返答したようだ。「前方の海は大船も走り、小舟も走るよ。」と、(赤犬子は)また返答したようだ。そうしたからもう、これはその前までは年取り次第に亡くなっていたようだ。「前方の海は小舟も走り、大船も走るよ。」といったのでもう、小さい船も走るし、伝馬船も、大きな船も走った。「十歳になったら百歳になったらと思いなさいよ。」と言って家に帰って行った。その後から、子供達でも死ぬようになり、大人も死ぬし。しかしその前までは、年寄り次第に亡くなっていたというが、今では病気にかかったら子供達でも死ぬのがいるでしょう。これは赤犬子の話だった。誰でも分かるでしょう楚辺赤犬子というのは。これはもう、今もって神として崇め祭られているでしょう、赤犬子は。
全体の記録時間数 3:42
物語の時間数 3:42
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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