平田子の力比べ(方言)

概要

尚巴志は首里玉御殿に葬ってあったが、南山、北山の人は尚巴志は死しても敵だから骨をも砕こう」と言っていた。そこで平田子が尚巴志の骨を避難させようと、玉御殿から背負って夜通し走って伊良皆に安置した。伊良皆にカシティムイというのがあるが、そこは佐敷小安司が住まったので、その名がついたそうだ。その井戸はサシチ井戸というが、今はサシジャーといっている。平田子はその佐敷川の側に田を持っており、そこで牛を使って田を耕していた。そこへ敵がやって来て、平田子の住居を訪ねた。彼は「平田子は大武士でここにはいません。自分らでもこれくらいはできます」と言って、その牛を両手で持ち上げて側に置いた。敵は平田子ではないかと疑ったが、恐れて帰って行った。平田子は田を沢山持ち、米倉も作った。その米倉の立っていた地を倉敷といい、平田子の家のあった所は、伊良皆の東川の御獄になっている。

再生時間:方言

民話詳細DATA

レコード番号 47O371070
CD番号 47O37C047
決定題名 平田子の力比べ(方言)
話者がつけた題名 平田子の話
話者名 伊波栄純
話者名かな いはえいじゅん
生年月日 18961124
性別
出身地 沖縄県読谷村伊良皆
記録日 19770508
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第2班
元テープ番号 読谷村伊良皆T10A10
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 親や根屋の人
文字化資料
キーワード 尚巴志,首里玉御殿,南山,北山,骨をも砕こう,平田子,伊良皆のサシジャー,サシチムイ,田,牛,大武士,米倉,倉敷
梗概(こうがい) 尚巴志は首里玉御殿に葬ってあったが、南山、北山の人は尚巴志は死しても敵だから骨をも砕こう」と言っていた。そこで平田子が尚巴志の骨を避難させようと、玉御殿から背負って夜通し走って伊良皆に安置した。伊良皆にカシティムイというのがあるが、そこは佐敷小安司が住まったので、その名がついたそうだ。その井戸はサシチ井戸というが、今はサシジャーといっている。平田子はその佐敷川の側に田を持っており、そこで牛を使って田を耕していた。そこへ敵がやって来て、平田子の住居を訪ねた。彼は「平田子は大武士でここにはいません。自分らでもこれくらいはできます」と言って、その牛を両手で持ち上げて側に置いた。敵は平田子ではないかと疑ったが、恐れて帰って行った。平田子は田を沢山持ち、米倉も作った。その米倉の立っていた地を倉敷といい、平田子の家のあった所は、伊良皆の東川の御獄になっている。
全体の記録時間数 2:21
物語の時間数 方言
言語識別
音源の質
テープ番号
予備項目1

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