歌い骸骨(方言)

概要

「穀雨節の南風が吹けば頭が痛い。サンカは珍しいけれども 自由にできない。」この歌の意味は、貴方達には分からないね。この歌の意味を聞くか、短い話だけど、短い話なんだけど。 昔は田圃といって、田があったからね、田が。その主はこの田を何千坪という位持っているわけだ。(主は沢山の田を)持っていたので、田の見廻りに来たようだ。田の見廻りをしに来てみると、「穀雨節の南風が吹けば頭が痛い サンカは珍しいけれども 自由にできない。」と、歌が聞こえてきたようだ。「何だこれは、『穀雨の節の南風が吹けば頭が痛い。サンカは珍しいけれども自由にできない』と歌っているが、何処に人が居るんだろう。」といって探したようだ、何処もかも全部。居なくてね、人は。人は居ないが歌が聞こえたようだ。「ああ、不思議なことだなあ。人も居ないのに歌を詠んでいるのが聞こえるなあ。」と考えてみた。そこには竹が生えていたようだね。その田の角に竹が生えていた。その人の頭の肉は朽ち果ててない。もう、頭の骨だけ残っていたようだ。その髑髏はもう、穀雨という季節には竹の子がやがて出てくる節柄なので、この開いている目とか鼻などは骸骨になっても開いているでしょう。それに、この竹の子にこの髑髏はもう、こうして抜き上げられて,こうして長い間たっていたようだ髑髏は。ほら、この穀雨の節になると、この竹の子は、母親竹と同じ高さになっているからね子竹は、(髑髏は)あちらにカラカラこちらにカラカラしてね、こうやって。そうすると痛かったんでしょうね、骸骨になっていても。あちらにカラカラ、こちらにもカラカラし、穀雨の南風が吹くと(髑髏は揺れて)カラカラ鳴ったので、「そうか、なるほど、この人が歌を詠んでいたんだなあ。」といってそしてその竹の子をたわめて髑髏を取った。そこには岩があったようだが、(田の主は)その岩の下に葬ったようだ、その髑髏を。「まあ、貴方は抜き上げられて苦しかったでしょうね、今まで。もう髑髏はあちらこちらにもこちらにも風に揺られてカラカラカラ鳴るのは良い気持ちはしない。痛かったでしょうね。」(と田の主が言ったので髑髏は)「まあ、ありがとう。もうこの恩義は、他人の稲は暴風にやられもするが、今度は私を立派に葬ってくれたので(貴方の稲は)立派に満作させて豊かに実らせるから、その時は私が恩返しとしてやってあるんだなと考えてくれ。」と言ったようだ。こうして  (主は)合掌して、「どうぞ落ち着いて下さい。今からは安全でいらっしゃいますから、無事成仏してください。」と言って、手を合わせて拝み葬った。はたして、その年は暴風になり、別の稲は暴風にやられて収穫はなかったが、その人の物は暴風が終わってから芽が出て立派に実ったという話。それからは(主は)年々米を植える節柄には、その人(墓)にお供えをしてから弁当でも何でも食べたというよ。その伝えだよ。

再生時間:方言

民話詳細DATA

レコード番号 47O371056
CD番号 47O37C047
決定題名 歌い骸骨(方言)
話者がつけた題名 歌い骸骨
話者名 伊波蒲戸
話者名かな いはかまど
生年月日 18940613
性別
出身地 沖縄県読谷村伊良皆
記録日 19770508
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村伊良皆T09B02
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 穀雨節,南風,田圃,歌が聞こえた,竹,頭骸骨,岩下に葬った,豊作
梗概(こうがい) 「穀雨節の南風が吹けば頭が痛い。サンカは珍しいけれども 自由にできない。」この歌の意味は、貴方達には分からないね。この歌の意味を聞くか、短い話だけど、短い話なんだけど。 昔は田圃といって、田があったからね、田が。その主はこの田を何千坪という位持っているわけだ。(主は沢山の田を)持っていたので、田の見廻りに来たようだ。田の見廻りをしに来てみると、「穀雨節の南風が吹けば頭が痛い サンカは珍しいけれども 自由にできない。」と、歌が聞こえてきたようだ。「何だこれは、『穀雨の節の南風が吹けば頭が痛い。サンカは珍しいけれども自由にできない』と歌っているが、何処に人が居るんだろう。」といって探したようだ、何処もかも全部。居なくてね、人は。人は居ないが歌が聞こえたようだ。「ああ、不思議なことだなあ。人も居ないのに歌を詠んでいるのが聞こえるなあ。」と考えてみた。そこには竹が生えていたようだね。その田の角に竹が生えていた。その人の頭の肉は朽ち果ててない。もう、頭の骨だけ残っていたようだ。その髑髏はもう、穀雨という季節には竹の子がやがて出てくる節柄なので、この開いている目とか鼻などは骸骨になっても開いているでしょう。それに、この竹の子にこの髑髏はもう、こうして抜き上げられて,こうして長い間たっていたようだ髑髏は。ほら、この穀雨の節になると、この竹の子は、母親竹と同じ高さになっているからね子竹は、(髑髏は)あちらにカラカラこちらにカラカラしてね、こうやって。そうすると痛かったんでしょうね、骸骨になっていても。あちらにカラカラ、こちらにもカラカラし、穀雨の南風が吹くと(髑髏は揺れて)カラカラ鳴ったので、「そうか、なるほど、この人が歌を詠んでいたんだなあ。」といってそしてその竹の子をたわめて髑髏を取った。そこには岩があったようだが、(田の主は)その岩の下に葬ったようだ、その髑髏を。「まあ、貴方は抜き上げられて苦しかったでしょうね、今まで。もう髑髏はあちらこちらにもこちらにも風に揺られてカラカラカラ鳴るのは良い気持ちはしない。痛かったでしょうね。」(と田の主が言ったので髑髏は)「まあ、ありがとう。もうこの恩義は、他人の稲は暴風にやられもするが、今度は私を立派に葬ってくれたので(貴方の稲は)立派に満作させて豊かに実らせるから、その時は私が恩返しとしてやってあるんだなと考えてくれ。」と言ったようだ。こうして  (主は)合掌して、「どうぞ落ち着いて下さい。今からは安全でいらっしゃいますから、無事成仏してください。」と言って、手を合わせて拝み葬った。はたして、その年は暴風になり、別の稲は暴風にやられて収穫はなかったが、その人の物は暴風が終わってから芽が出て立派に実ったという話。それからは(主は)年々米を植える節柄には、その人(墓)にお供えをしてから弁当でも何でも食べたというよ。その伝えだよ。
全体の記録時間数 3:08
物語の時間数 方言
言語識別
音源の質
テープ番号
予備項目1

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