
あんまり男遊びする女には、昔は「サングワナー(辻君)「といってたよ、サングワナー
と。しかし、あのサングワナーという言葉はね、あれは女野人でフェージュラー (街娼)に対して(言う言葉)なんだね、あれもこれも騙すような女に。あの言葉はね、女に対して、女の人を指してサングワナーというのではないそうだ。若い女がサングワナーというのではないそうだ。若い女がサングワナーという意味ではない。あれは、昔遊郭中島、渡地、辻があった時代に出た言葉だという、サングワナーという言葉は。今の人はサングワナーというでしょう。女のあばずれには。本当にその意味ではないそうです。あれは昔のね、今からえっと終戦の三十四、五年前までは辻がありましたでしょう。辻の失くなったのが明治の三十九年だから、中島、渡地は十年だが。明治三十九年に辻に一括しているので、その前の昔話なんですね。今から百年前、中島、渡地があった時に、辻は二十銭、大昔のお金の十銭、中島は十銭、渡地はたったの三貫-六銭、お金がこんなに違ったわけだ。だからお金のあま者しか辻の遊女は呼べなかった。(金持ち)が辻の遊女を呼べた。そして普通が十銭で、渡地は最低だったので、山原からパンパン船を持っている人 〈伝馬船ね、あれに乗ってきて那覇へ薪を運んできたり何したりする〉その人達がよく呼んだそうだ。遅くからでも。それで辻にはもう、金持ちしか行けないでしょう、金持ちしかいけない。中島まではまだいいわけだ。十銭だから、一晩の遊女の買い値は。そうしたら、渡地はもうだったの六銭だから安ものでしょう。(渡地に)二回行っても余るでしょう(辻に行くより)、二回行っても余るでしょう、2×6=12、十二銭なんだから。それで今度は、渡地の遊女達は体そう儲けた訳だ、安いから。(すると)辻は不景気になったわけ、不景気に。中島も不景気になった。 そこで辻の遊女達は美女じもあり、腹はいっぱいだが不景気で、あんまり儲けないので、「いやなサングワナー(三貫ナー)達が儲けていては儲けられない。」といった。そのたとえから、「三貫」という言葉(に寄せてサングワーナーといった。)サングワーナーというのは、渡地の遊女に掛けて辻の遊女が言ったわけだ。本当はね、田舎の何も分からない者が、「あの女はサングワナーだ。」(と言うのである。また中島と辻があった時に、(遊女が)田舎に流れたこともあるそうだ。損な時もあったわけ、遊女を買う人の話。明治の時代、(遊郭が)辻に全部一括されたのは明治二十九年だ。その時から、中島、渡地はないわけですね。その以前は検査を受けるようになってからは、中島、渡地は失くなり(辻)に一括され、検査所ができたんですね。そうしたら、検査を恐れて,田舎へ行く者、または家へ帰る者が多かったそうです、昔の遊女達の中には。検査というと、ほら、身体を調べますでしょう、全身を、検査というと、ほら、身体を調べますでしょう、全身を、検査所の医者が。(遊女達は)それを恐れて田舎下りしたので、その時からは上等だったでしょうね。本当に上等の遊女、どこもかもいるわけではないので、誰が見てもパリパリの遊女。それが丁度、明治二十九年だったそうです。辻に一括されたのが。それで、そのサングワナーという言葉も田舎言葉だが、中島、渡地のある時に、辻の女達が出した言葉だそうです。もう、それだけしかわからない。
| レコード番号 | 47O370866 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C039 |
| 決定題名 | サングヮナーの名の由来(方言) |
| 話者がつけた題名 | サングヮナーの名の由来 |
| 話者名 | 照屋牛 |
| 話者名かな | てるやうし |
| 生年月日 | 19080904 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村喜名 |
| 記録日 | 19770223 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第6班 |
| 元テープ番号 | 読谷村伊良皆T03A10 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 昔話 |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集1伊良皆の民話 P304 |
| キーワード | 男遊びする女,サングワナー,女野人,フェージュラー,遊郭,中島,渡地,辻,中島は十銭,渡地は三貫-六銭,金持ちは辻の遊女,山原船,那覇へ薪 |
| 梗概(こうがい) | あんまり男遊びする女には、昔は「サングワナー(辻君)「といってたよ、サングワナー と。しかし、あのサングワナーという言葉はね、あれは女野人でフェージュラー (街娼)に対して(言う言葉)なんだね、あれもこれも騙すような女に。あの言葉はね、女に対して、女の人を指してサングワナーというのではないそうだ。若い女がサングワナーというのではないそうだ。若い女がサングワナーという意味ではない。あれは、昔遊郭中島、渡地、辻があった時代に出た言葉だという、サングワナーという言葉は。今の人はサングワナーというでしょう。女のあばずれには。本当にその意味ではないそうです。あれは昔のね、今からえっと終戦の三十四、五年前までは辻がありましたでしょう。辻の失くなったのが明治の三十九年だから、中島、渡地は十年だが。明治三十九年に辻に一括しているので、その前の昔話なんですね。今から百年前、中島、渡地があった時に、辻は二十銭、大昔のお金の十銭、中島は十銭、渡地はたったの三貫-六銭、お金がこんなに違ったわけだ。だからお金のあま者しか辻の遊女は呼べなかった。(金持ち)が辻の遊女を呼べた。そして普通が十銭で、渡地は最低だったので、山原からパンパン船を持っている人 〈伝馬船ね、あれに乗ってきて那覇へ薪を運んできたり何したりする〉その人達がよく呼んだそうだ。遅くからでも。それで辻にはもう、金持ちしか行けないでしょう、金持ちしかいけない。中島まではまだいいわけだ。十銭だから、一晩の遊女の買い値は。そうしたら、渡地はもうだったの六銭だから安ものでしょう。(渡地に)二回行っても余るでしょう(辻に行くより)、二回行っても余るでしょう、2×6=12、十二銭なんだから。それで今度は、渡地の遊女達は体そう儲けた訳だ、安いから。(すると)辻は不景気になったわけ、不景気に。中島も不景気になった。 そこで辻の遊女達は美女じもあり、腹はいっぱいだが不景気で、あんまり儲けないので、「いやなサングワナー(三貫ナー)達が儲けていては儲けられない。」といった。そのたとえから、「三貫」という言葉(に寄せてサングワーナーといった。)サングワーナーというのは、渡地の遊女に掛けて辻の遊女が言ったわけだ。本当はね、田舎の何も分からない者が、「あの女はサングワナーだ。」(と言うのである。また中島と辻があった時に、(遊女が)田舎に流れたこともあるそうだ。損な時もあったわけ、遊女を買う人の話。明治の時代、(遊郭が)辻に全部一括されたのは明治二十九年だ。その時から、中島、渡地はないわけですね。その以前は検査を受けるようになってからは、中島、渡地は失くなり(辻)に一括され、検査所ができたんですね。そうしたら、検査を恐れて,田舎へ行く者、または家へ帰る者が多かったそうです、昔の遊女達の中には。検査というと、ほら、身体を調べますでしょう、全身を、検査というと、ほら、身体を調べますでしょう、全身を、検査所の医者が。(遊女達は)それを恐れて田舎下りしたので、その時からは上等だったでしょうね。本当に上等の遊女、どこもかもいるわけではないので、誰が見てもパリパリの遊女。それが丁度、明治二十九年だったそうです。辻に一括されたのが。それで、そのサングワナーという言葉も田舎言葉だが、中島、渡地のある時に、辻の女達が出した言葉だそうです。もう、それだけしかわからない。 |
| 全体の記録時間数 | 5:04 |
| 物語の時間数 | 5:04 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |