モーイ親方 幽霊報恩(方言)

概要

モーイ親方が、友達と揃ってね、辻遊郭で会が合ったそうだ。辻遊郭の会の行く時に、三名、モ
ーイ親方も含めて三名行ったそうだよ、辻遊郭に。(そして)残りの二人はそこで遊女を呼んで泊まって来たそうだ。しかし、モーイ親方は「私は家に行かないといけないから、もう家に帰る。」と行って帰ったそうだ。(モーイは)時間外、あそこの会を済ましてもう大概午前三時四分頃だったでしょうね。やがて夜明け頃、辻遊郭から首里の家に帰る時に、あの赤田といったか、坂下のね、この墓で、墓の打ちから火が明るく見えたそうだ。火が明るく見えたので、(モーイは)「これは人間の骨を食べる畜生がいるなあ。」といって、少し近寄って見たそうだ。(すると)白髪のおばあさんがね、白髪のおばあさんが、骨をきざんでいたようだ。モーイ親方は、「骨を食っているな、このおばあさんは、これは人間に化けているなあ。」(と思い)「お前は人間に化けて骨を食う畜生、許してはおけぬ、そんなしてはお前、それではいけない。まさか人間の骨を食ってはいけない。」(と言っておげあさんを)引っ張り出して懲らしめたそうだ。(そしてモーイが)「どういう訳で、お前はそんな事をするのか。」と聞くと、このおばあさんは、「姓は仲村渠。」と言ったそうだ。それから、「おじいさんが先に亡くなったので、もう私も七十歳余って、やがて八十歳近くなっているし、子や孫があれば洗骨もしてくれようが、もう洗骨してくれる者もいない。二人このようにしてはいけないので、おじいさんは私が生きている間に、先に洗骨して甕に入れておかなくてはいけない(と思っても)、甕をかうお金もないんでね、風呂敷に立派に入れてさげて置く考えなんです。」と言った。(モーイは)「ああ、そうだったんですか。それじゃ、一緒に洗骨して、お祖父さんを立派にしてあげましょう。」と言ったそうだ。(そしてモーイは)「貴女はおじいさんを洗骨してりっぱに整えておいてね。私は、那覇の壺屋に行って甕を買って来るから。」と言って甕を買って来て、甕に骨を入れてあげた。それから、お菓子も買って、御焼香をしてあげたそうだ。このお金は、辻遊郭で遊女を呼ぶお金だったが、持ち帰って来て(葬ってやったので)、このおじいさんが点から「貴女様の御恩は、もういつまでも忘れません。こんなにも大切にして下さって有難うございます。貴女様が、『今日は、変な仕事を言い付けられたなあ。』と勤めの上で苦労する時は私がお助け致しますので、私が化けてお助けします。もうその御恩はいつまでも忘れは致しません。」と言った。それから、しばらくして(モーイは)「国頭のジャハマから首里まで一日で来い。」という用事に出くわしたという話。そこで、「これは私の力では出来ない。これは仲村渠のおじいさんを呼ばなければならない〈これはお釈迦話だから。〉仲村渠のおじいさんやーい!」と呼ぶと、おじいさんが出ていらっしゃって、家族皆な出ていらっしゃって、一日でその用事を済ませてしまったという話だよ。

再生時間:5:35

民話詳細DATA

レコード番号 47O370797
CD番号 47O37C036
決定題名 モーイ親方 幽霊報恩(方言)
話者がつけた題名 モーイ親方
話者名 伊波蒲戸
話者名かな いはかまど
生年月日 18940613
性別
出身地 沖縄県読谷村伊良皆
記録日 19770223
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第1班
元テープ番号 読谷村伊良皆T01A08
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 13
発句(ほっく)
伝承事情 芝居
文字化資料
キーワード モーイ親方,友達,辻遊郭,遊女,首里の家,赤田,坂下の墓,火が明るく見えた,人間の骨を食べる畜生,白髪のおばあさん,姓は仲村渠,おじいさん,洗骨,甕,風呂敷,那覇の壺屋,菓子,御焼香,国頭のジャハマ,首里
梗概(こうがい) モーイ親方が、友達と揃ってね、辻遊郭で会が合ったそうだ。辻遊郭の会の行く時に、三名、モ ーイ親方も含めて三名行ったそうだよ、辻遊郭に。(そして)残りの二人はそこで遊女を呼んで泊まって来たそうだ。しかし、モーイ親方は「私は家に行かないといけないから、もう家に帰る。」と行って帰ったそうだ。(モーイは)時間外、あそこの会を済ましてもう大概午前三時四分頃だったでしょうね。やがて夜明け頃、辻遊郭から首里の家に帰る時に、あの赤田といったか、坂下のね、この墓で、墓の打ちから火が明るく見えたそうだ。火が明るく見えたので、(モーイは)「これは人間の骨を食べる畜生がいるなあ。」といって、少し近寄って見たそうだ。(すると)白髪のおばあさんがね、白髪のおばあさんが、骨をきざんでいたようだ。モーイ親方は、「骨を食っているな、このおばあさんは、これは人間に化けているなあ。」(と思い)「お前は人間に化けて骨を食う畜生、許してはおけぬ、そんなしてはお前、それではいけない。まさか人間の骨を食ってはいけない。」(と言っておげあさんを)引っ張り出して懲らしめたそうだ。(そしてモーイが)「どういう訳で、お前はそんな事をするのか。」と聞くと、このおばあさんは、「姓は仲村渠。」と言ったそうだ。それから、「おじいさんが先に亡くなったので、もう私も七十歳余って、やがて八十歳近くなっているし、子や孫があれば洗骨もしてくれようが、もう洗骨してくれる者もいない。二人このようにしてはいけないので、おじいさんは私が生きている間に、先に洗骨して甕に入れておかなくてはいけない(と思っても)、甕をかうお金もないんでね、風呂敷に立派に入れてさげて置く考えなんです。」と言った。(モーイは)「ああ、そうだったんですか。それじゃ、一緒に洗骨して、お祖父さんを立派にしてあげましょう。」と言ったそうだ。(そしてモーイは)「貴女はおじいさんを洗骨してりっぱに整えておいてね。私は、那覇の壺屋に行って甕を買って来るから。」と言って甕を買って来て、甕に骨を入れてあげた。それから、お菓子も買って、御焼香をしてあげたそうだ。このお金は、辻遊郭で遊女を呼ぶお金だったが、持ち帰って来て(葬ってやったので)、このおじいさんが点から「貴女様の御恩は、もういつまでも忘れません。こんなにも大切にして下さって有難うございます。貴女様が、『今日は、変な仕事を言い付けられたなあ。』と勤めの上で苦労する時は私がお助け致しますので、私が化けてお助けします。もうその御恩はいつまでも忘れは致しません。」と言った。それから、しばらくして(モーイは)「国頭のジャハマから首里まで一日で来い。」という用事に出くわしたという話。そこで、「これは私の力では出来ない。これは仲村渠のおじいさんを呼ばなければならない〈これはお釈迦話だから。〉仲村渠のおじいさんやーい!」と呼ぶと、おじいさんが出ていらっしゃって、家族皆な出ていらっしゃって、一日でその用事を済ませてしまったという話だよ。
全体の記録時間数 5:35
物語の時間数 5:35
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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