米寿由来(方言)

概要

旧暦の八月八日は、八十八(トーカチ・注)の御祝いがありますね。ある娘が、隣のばあさんと自分の母親と一緒に、木の下だったか、或いは石垣の側だったかはっきり分らないが(そこへ行った。)昔は、布を巻くには石垣に杭を立てて、布はこう巻いていたので、石垣の側だったろう。また、布を巻いていたのか分らないが、(そこへ行こうとした。)そこに、お母さん達の所にお茶を持って行く途中、娘は、道の四つ辻で(年老いた)おじいさんが二人、向かい合って座わり、碁を打っているところにさしかかった。そこから、挨拶をして通り過ぎると、「本当にきれいに生まれた娘だなあ。」という話し声が聞えた。「そうだね、でもかわいそうに、あの娘はあんなにきれくても、長く生きられないねえ。」と、二人がこそこそ話しているのをその娘は聞いてしまった。そうして、娘は、親達の所へ泣きながらお茶を持って行った。「お前はどうして泣いているんだい。」と聞くと、「二人のおじいさんが座って、そこで碁を打っていたが、〈昔話なので、碁もあったかどうか分らないが、そんな話だった。〉『あんなにきれいに生まれているが、この子はかわいそうに長くは生きられないねえ』と、私のことを話しておられた。」と言うと、「そうか、そう言ったのか。ではその人達はどこにいらしたか、さあ私と一緒に会いに行こう。」と言った。それから、今度は家から酒を持って(そのおじいさん達の所へ)行き、「人が箸(おご)るものは召し上がって下さい。」と言って、差し上げ、碁を打っている最中に(酒を)ついだりしたので、「では、いただきます。」と言って、取って飲みながら、「人の著りを御馳走になっているし、その娘も気の毒だから、このお礼をしないといけないが‥‥。」と、午(うま)方の神と、子(ね)方の神は一緒に考えた。そうして、「もう、どうしようか。」と、子(ね)方の神との二人の話が、「それじゃ、この娘は十八になるというし。」〈十八歳になる娘だったのでしょうね。〉と、その人が、午(うま)方の神が、「そうだ!子(ね)方の神よ、私が四を出すから、君も四を出してくれないか。二人で四ずつ出すと八になる。そして、十八に八をくっつけてみると八十八になるから。」と言った。それで、子(ね)方の神と午(うま)方の神の二人で四ずつ出し合い、(その娘に与え)八十八歳まで生きのびることができた。それから、現在でも八十八歳になると、トーカチの祝いをするようになったそうだ。そうして、八十八の御祝いには外に出て、「子(ね)、午(うま)の方の神様がお助け下さって 今年は八十八歳の御祝いを迎える。」という喜びの歌をうたうよ。その御願の八月八日の日には、必ず、門の近くに出て、子(ね・北)の方角と、午(うま・南)の方角に線香をたてタライに米を一升枡で盛る。〈昔は、一斗枡だったかもしれない〉上の方は落として、落ちた分は、子や孫のもの、残りは八十八歳のお祝いをした人のもの。落ちた分は子、孫の分だという。

再生時間:4:30

民話詳細DATA

レコード番号 47O370750
CD番号 47O37C034
決定題名 米寿由来(方言)
話者がつけた題名 トーカチ由来
話者名 当山喜信
話者名かな とうやまよしのぶ
生年月日 19150718
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19810424
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村瀬名波T09B14
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12,80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 旧暦の八月八日,八十八御祝い,娘,隣のばあさん,母親,木の下,石垣の側,お茶,道の四つ辻,おじいさんが二人,碁打ち,長くは生きられない,酒,御馳走,午方の神,子方の神,十八,十八に八,トーカチの祝い,線香,タライに米,一升枡
梗概(こうがい) 旧暦の八月八日は、八十八(トーカチ・注)の御祝いがありますね。ある娘が、隣のばあさんと自分の母親と一緒に、木の下だったか、或いは石垣の側だったかはっきり分らないが(そこへ行った。)昔は、布を巻くには石垣に杭を立てて、布はこう巻いていたので、石垣の側だったろう。また、布を巻いていたのか分らないが、(そこへ行こうとした。)そこに、お母さん達の所にお茶を持って行く途中、娘は、道の四つ辻で(年老いた)おじいさんが二人、向かい合って座わり、碁を打っているところにさしかかった。そこから、挨拶をして通り過ぎると、「本当にきれいに生まれた娘だなあ。」という話し声が聞えた。「そうだね、でもかわいそうに、あの娘はあんなにきれくても、長く生きられないねえ。」と、二人がこそこそ話しているのをその娘は聞いてしまった。そうして、娘は、親達の所へ泣きながらお茶を持って行った。「お前はどうして泣いているんだい。」と聞くと、「二人のおじいさんが座って、そこで碁を打っていたが、〈昔話なので、碁もあったかどうか分らないが、そんな話だった。〉『あんなにきれいに生まれているが、この子はかわいそうに長くは生きられないねえ』と、私のことを話しておられた。」と言うと、「そうか、そう言ったのか。ではその人達はどこにいらしたか、さあ私と一緒に会いに行こう。」と言った。それから、今度は家から酒を持って(そのおじいさん達の所へ)行き、「人が箸(おご)るものは召し上がって下さい。」と言って、差し上げ、碁を打っている最中に(酒を)ついだりしたので、「では、いただきます。」と言って、取って飲みながら、「人の著りを御馳走になっているし、その娘も気の毒だから、このお礼をしないといけないが‥‥。」と、午(うま)方の神と、子(ね)方の神は一緒に考えた。そうして、「もう、どうしようか。」と、子(ね)方の神との二人の話が、「それじゃ、この娘は十八になるというし。」〈十八歳になる娘だったのでしょうね。〉と、その人が、午(うま)方の神が、「そうだ!子(ね)方の神よ、私が四を出すから、君も四を出してくれないか。二人で四ずつ出すと八になる。そして、十八に八をくっつけてみると八十八になるから。」と言った。それで、子(ね)方の神と午(うま)方の神の二人で四ずつ出し合い、(その娘に与え)八十八歳まで生きのびることができた。それから、現在でも八十八歳になると、トーカチの祝いをするようになったそうだ。そうして、八十八の御祝いには外に出て、「子(ね)、午(うま)の方の神様がお助け下さって 今年は八十八歳の御祝いを迎える。」という喜びの歌をうたうよ。その御願の八月八日の日には、必ず、門の近くに出て、子(ね・北)の方角と、午(うま・南)の方角に線香をたてタライに米を一升枡で盛る。〈昔は、一斗枡だったかもしれない〉上の方は落として、落ちた分は、子や孫のもの、残りは八十八歳のお祝いをした人のもの。落ちた分は子、孫の分だという。
全体の記録時間数 4:30
物語の時間数 4:30
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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