クラーとカーラバター(方言)

概要

川蝉と雀は布を織る為に、機をかけていた。雀は機をかけ、川蝉も機をかけていたわけだ。雀と川蝉が(それぞれ)機をかけている時、雀のところへ、「親が今にも亡くなりそうだ。」と、知らせが来たので、「私はかせをかけたままだが、こうしてはおれない。親の死に顔は、ぜひみとらなければいけない。早く行かなければ。」と、かせを首にかけたまま、かせをこのように首にかけて、雀は親の元に急いで行ったそうだ。もう、すぐに着いて、親の死に目に間に合ったようだね。また、川蝉にも合図をしたら、「私は機にかけてある着物を着て、きれいにしてから行く。そのままでは行かない。」と言った。「お前は、親の死に目に会えないよ。それでもいいのか。」と言うと、「私は、着物を仕上げ落ち着いてから行く。」と言った。自分(川蝉)が着物を紡いで行く間には、親は亡くなってしまわれた。そして、自分のでき上がった着物を着て川辺でバタバタしていたら、(水に映った姿を見て)、「なるほど、私はきれいではあるが、親の死に目にも会えなかったなあ。」と言った。雀は、かせをかけたまま、首にかけて来たので、今でも、雀には(その跡が)首に黒く残っている。これは親孝行の印だと。死に目にも会い親孝行だよと。それから、川蝉は親不孝な子なので、いつも川辺にいる。雀は、親孝行な子なので、いつも、米倉から行ったり来たりして、人間の近くで育っている。この話は、お年寄りがよく話しておられた。雀は人間の近くにいるでしょう。また、川蝉はきれいな着物を着ていても、親孝行できずにいつも川辺で水面に姿を映しているよ。「雀は親孝行で首にかせをかけたまま米倉から米倉へと行ったり来たりしたので、それからクラーと呼ばれるようになったんだよ。」と話しておられた。

再生時間:2:47

民話詳細DATA

レコード番号 47O370742
CD番号 47O37C034
決定題名 クラーとカーラバター(方言)
話者がつけた題名 クラーとカーラバター
話者名 当山節子
話者名かな とうやませつこ
生年月日 19151014
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19810424
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村瀬名波T09B07
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 11
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 川蝉,雀,布を織る,親,死に目,川辺,親孝行,親不孝
梗概(こうがい) 川蝉と雀は布を織る為に、機をかけていた。雀は機をかけ、川蝉も機をかけていたわけだ。雀と川蝉が(それぞれ)機をかけている時、雀のところへ、「親が今にも亡くなりそうだ。」と、知らせが来たので、「私はかせをかけたままだが、こうしてはおれない。親の死に顔は、ぜひみとらなければいけない。早く行かなければ。」と、かせを首にかけたまま、かせをこのように首にかけて、雀は親の元に急いで行ったそうだ。もう、すぐに着いて、親の死に目に間に合ったようだね。また、川蝉にも合図をしたら、「私は機にかけてある着物を着て、きれいにしてから行く。そのままでは行かない。」と言った。「お前は、親の死に目に会えないよ。それでもいいのか。」と言うと、「私は、着物を仕上げ落ち着いてから行く。」と言った。自分(川蝉)が着物を紡いで行く間には、親は亡くなってしまわれた。そして、自分のでき上がった着物を着て川辺でバタバタしていたら、(水に映った姿を見て)、「なるほど、私はきれいではあるが、親の死に目にも会えなかったなあ。」と言った。雀は、かせをかけたまま、首にかけて来たので、今でも、雀には(その跡が)首に黒く残っている。これは親孝行の印だと。死に目にも会い親孝行だよと。それから、川蝉は親不孝な子なので、いつも川辺にいる。雀は、親孝行な子なので、いつも、米倉から行ったり来たりして、人間の近くで育っている。この話は、お年寄りがよく話しておられた。雀は人間の近くにいるでしょう。また、川蝉はきれいな着物を着ていても、親孝行できずにいつも川辺で水面に姿を映しているよ。「雀は親孝行で首にかせをかけたまま米倉から米倉へと行ったり来たりしたので、それからクラーと呼ばれるようになったんだよ。」と話しておられた。
全体の記録時間数 2:47
物語の時間数 2:47
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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