宝物の話(方言)

概要

〈東恩納トーという(屋号があって)、今だに栄えているという家があります。その東恩納トーの話だが。〉昔、首里勤めをなさっている人がいらした。〈その人の名前ははっきり分りません。私はただ話を聞いただけなので‥‥。〉その首里勤めをなさっている方が、大年の晩に、大晦日の夜に、「ああ早く家に帰り、新しい年を迎えなければ。」と、急いでいた。首里から家に帰る道中で、宝箱(棺)を頭にのせて立っている女に出会った。そして、「どうしたんだ、女の方、今日のこの夜にどんなわけがあって、あなたはそれを頭にのせて立っているのか。」と、その東恩納トーの首里勤めをしている人はおっしゃった。それから、その女はさめざめと泣き、「私は夫を亡くし、今日の夜に送る所もなくて、自分一人でこんなふうに頭にのせ立っているのです。」と言った。「そうか、そうならば、私も家に帰ると急いでいるのだが‥‥。それなら、棺はここに降ろしなさい。二人で墓を捜してみよう。」と。夜だというのに、何のめぐり会わせだったのだろうか。そして、「捜しに行こう。」と言ったが、女の人は、「私は夫を見守っていますから、貴方には迷惑だとは思いますが、(墓を)捜していてください。」(と言った。)「そうか。」と、その(首里勤めをしている)人は墓をさがしに行った。(墓を)捜し当てて、「いい所があったぞ。」と、女の所へ来る間には、棺箱を置き去りにしてあった。「あれ変だなあ、この人は何もかも私に預けて、放ったらかしにしていなくなっている。仕方がない。」と、担いで家に持って行くことにした。「あとの事は、家へ帰ってから考えよう。」と担いで帰った。(家に着くと)親が、「どうしたんだ。どんな理由でお前はそれを担いでいるのか。」と、棺箱なのだが、この父親は、「なぜ宝箱を担いでいるのか。」とおっしゃった。それで、「もう、こうこうで、今日、家に帰ろうと急いでいる途中で、哀れな女の人に会い、こういうこと(棺箱を預かるはめ)になってしまった。」と、親に報告すると、「それならば、早く一番座に上げなさい、台所にさげてはいけない。」と、親はおっしゃった。「そうですか、どうもありがとうございます。」と言って、一番座に棺を上げた。「やはり亡くなった人も年を越すから、その後で、明日は見送りをすることにしよう。」ということになった。親達も、常になにか誠実な人だったんでしょうね。その(縁起の悪い)棺を一番座に上げたりするとは。翌日の朝、元旦に、その棺を開けて見てみると、宝が入っていて死人ではなかった。そういえば、親が「お前は宝箱を担いで来たのか。今日の大晦日の晩に。」とおっしゃったので宝になったのだろうか。それから、棺箱のことを宝箱というようになった。「君達は、宝箱を用意してあるか。」と今でも言うよ。「宝物は買って準備してあるか、用意してあるか。」と昔の人はよくおっしゃる。それから、棺箱が宝箱と言われるようになった。そのトーは、その後、どんどん栄え、現在でも残っている。金持ちになった東恩納トーね。

再生時間:5:12

民話詳細DATA

レコード番号 47O370741
CD番号 47O37C034
決定題名 宝物の話(方言)
話者がつけた題名 宝物の話
話者名 当山節子
話者名かな とうやませつこ
生年月日 19151014
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19810424
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村瀬名波T09B06
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P88
キーワード 東恩納トー,首里勤め,大晦日の夜,宝箱(棺),女,墓,棺箱,一番座,台所,宝,宝箱
梗概(こうがい) 〈東恩納トーという(屋号があって)、今だに栄えているという家があります。その東恩納トーの話だが。〉昔、首里勤めをなさっている人がいらした。〈その人の名前ははっきり分りません。私はただ話を聞いただけなので‥‥。〉その首里勤めをなさっている方が、大年の晩に、大晦日の夜に、「ああ早く家に帰り、新しい年を迎えなければ。」と、急いでいた。首里から家に帰る道中で、宝箱(棺)を頭にのせて立っている女に出会った。そして、「どうしたんだ、女の方、今日のこの夜にどんなわけがあって、あなたはそれを頭にのせて立っているのか。」と、その東恩納トーの首里勤めをしている人はおっしゃった。それから、その女はさめざめと泣き、「私は夫を亡くし、今日の夜に送る所もなくて、自分一人でこんなふうに頭にのせ立っているのです。」と言った。「そうか、そうならば、私も家に帰ると急いでいるのだが‥‥。それなら、棺はここに降ろしなさい。二人で墓を捜してみよう。」と。夜だというのに、何のめぐり会わせだったのだろうか。そして、「捜しに行こう。」と言ったが、女の人は、「私は夫を見守っていますから、貴方には迷惑だとは思いますが、(墓を)捜していてください。」(と言った。)「そうか。」と、その(首里勤めをしている)人は墓をさがしに行った。(墓を)捜し当てて、「いい所があったぞ。」と、女の所へ来る間には、棺箱を置き去りにしてあった。「あれ変だなあ、この人は何もかも私に預けて、放ったらかしにしていなくなっている。仕方がない。」と、担いで家に持って行くことにした。「あとの事は、家へ帰ってから考えよう。」と担いで帰った。(家に着くと)親が、「どうしたんだ。どんな理由でお前はそれを担いでいるのか。」と、棺箱なのだが、この父親は、「なぜ宝箱を担いでいるのか。」とおっしゃった。それで、「もう、こうこうで、今日、家に帰ろうと急いでいる途中で、哀れな女の人に会い、こういうこと(棺箱を預かるはめ)になってしまった。」と、親に報告すると、「それならば、早く一番座に上げなさい、台所にさげてはいけない。」と、親はおっしゃった。「そうですか、どうもありがとうございます。」と言って、一番座に棺を上げた。「やはり亡くなった人も年を越すから、その後で、明日は見送りをすることにしよう。」ということになった。親達も、常になにか誠実な人だったんでしょうね。その(縁起の悪い)棺を一番座に上げたりするとは。翌日の朝、元旦に、その棺を開けて見てみると、宝が入っていて死人ではなかった。そういえば、親が「お前は宝箱を担いで来たのか。今日の大晦日の晩に。」とおっしゃったので宝になったのだろうか。それから、棺箱のことを宝箱というようになった。「君達は、宝箱を用意してあるか。」と今でも言うよ。「宝物は買って準備してあるか、用意してあるか。」と昔の人はよくおっしゃる。それから、棺箱が宝箱と言われるようになった。そのトーは、その後、どんどん栄え、現在でも残っている。金持ちになった東恩納トーね。
全体の記録時間数 5:12
物語の時間数 5:12
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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