
昔の話だがね、具志頭親方と名護親方、津嘉山親方がいたそうだ。名護親方という人は、凄(すご)く口下手なお方だったようだね。(反対に)具志頭親方という人は、それほど物言わぬお方ではなかったが、強(し)いて言うならば、利巧なお方だったと言えるかも知れないね。親方は、具志頭親方と名護親方、それに津嘉山親方という三人の親方たちがいたそうだ。ところで、この那覇から山原(北部)まで、〈並木松といって、大きな松が生えていたのを分らないか〉その松は、つき臼が掘れるくらい物凄い大松がずらっとあの道端に植えてあったんだがね。この松のことだが、昔は今のように自動車どころか馬車さえもない時代だったので、身体が丈夫でない人たちは、遠くへ行くときは、この松の下で休んでから行くのが普通だったようだ。この松の下で休んでからまた歩いて行ったようだね。名護親方が(休憩所として)「できれば、那覇から山原まで松の並木を植えたいものだ。是非そうしたい。」と言った。すると、この具志頭親方はそばでその話を聞いて、「そうだね、なるほどこれは植えなくちゃいけないようだね。」と同意した。それを名護親方から聞いた(具志頭親方は)さもそのことを自分で考え出したように、この松を臣下に植えさせたそうだ。もう、それくらいに利巧者だったようだね、具志頭親方という人は。
| レコード番号 | 47O370684 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C032 |
| 決定題名 | 名護親方と具志頭親方(方言) |
| 話者がつけた題名 | 名護親方と具志頭親方と津嘉山親方 |
| 話者名 | 山内真厚 |
| 話者名かな | やまうちしんこう |
| 生年月日 | 19130515 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村瀬名波 |
| 記録日 | 19770815 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第13班 |
| 元テープ番号 | 読谷村瀬名波T07B06 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P258 |
| キーワード | 具志頭親方,名護親方,津嘉山親方,口下手,、利巧,那覇,山原,並木松 |
| 梗概(こうがい) | 昔の話だがね、具志頭親方と名護親方、津嘉山親方がいたそうだ。名護親方という人は、凄(すご)く口下手なお方だったようだね。(反対に)具志頭親方という人は、それほど物言わぬお方ではなかったが、強(し)いて言うならば、利巧なお方だったと言えるかも知れないね。親方は、具志頭親方と名護親方、それに津嘉山親方という三人の親方たちがいたそうだ。ところで、この那覇から山原(北部)まで、〈並木松といって、大きな松が生えていたのを分らないか〉その松は、つき臼が掘れるくらい物凄い大松がずらっとあの道端に植えてあったんだがね。この松のことだが、昔は今のように自動車どころか馬車さえもない時代だったので、身体が丈夫でない人たちは、遠くへ行くときは、この松の下で休んでから行くのが普通だったようだ。この松の下で休んでからまた歩いて行ったようだね。名護親方が(休憩所として)「できれば、那覇から山原まで松の並木を植えたいものだ。是非そうしたい。」と言った。すると、この具志頭親方はそばでその話を聞いて、「そうだね、なるほどこれは植えなくちゃいけないようだね。」と同意した。それを名護親方から聞いた(具志頭親方は)さもそのことを自分で考え出したように、この松を臣下に植えさせたそうだ。もう、それくらいに利巧者だったようだね、具志頭親方という人は。 |
| 全体の記録時間数 | 2:44 |
| 物語の時間数 | 2:44 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |