カジマヤー祝いの由来(方言)

概要

カジマヤー祝いは、実際には九十九歳の時の九月九日の日に行なわれるべきものである。(このカジマヤー祝いの起こりはこうである。)或る英雄が六十七歳位の時に家を出たまま行方不明になり、どこで暮らしているのかも分らなかった。その人が家を出た日が九月九日だったそうだ。(そんなある日、家族が)今日は、私達の父親が家を出た年から数えて三十三年目になるので、三十三年忌のスーコー(焼香)をしてあげようと、色々と準備をしているところへ(死んだものと思っていた親が)年老いて体は弱り、九月九日に、庭先の菊の傍にカジマヤー(風車)を(手に)持って現われたそうだね。それを見つけて、自分の親だと知ったが(最初は)「これは化け者ではないだろうか。」と疑ったが、(よく見ると)化け者ではなく本当に自分の親が風車を持って菊の傍に座っていた。それから三十三年忌のスーコーをしようと準備した御馳走で、父親が帰って来た祝いをした。こういう理由で、カジマヤーの祝いをするようになったそうだ。本当はこの人が帰った日の九月九日だそうだがね。今でも九月九日(菊酒)は一つの行事になってはいるが、(カジマヤーは)九十七歳に行われている。九十七歳は生まれ年でカジマヤーとは関係なさそうだよ。ただ昔は、九十九歳まで生きぬいた人がいなかったので九十七歳の生まれ年まで生きぬいた人に合わせてカジマヤー祝いはしている訳なんだ。〈那覇のある所のカジマヤーについて、新聞に載っていたこともあるよ〉カジマヤー祝いは九十九歳にお祝いをするんだよ。九十七歳の祝いは生年祝いだから。

再生時間:2:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O370646
CD番号 47O37C031
決定題名 カジマヤー祝いの由来(方言)
話者がつけた題名 カジマヤー祝いの由来
話者名 屋良朝乗
話者名かな やらちょうじょう
生年月日 18921225
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19770815
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第3班
元テープ番号 読谷村瀬名波T06B03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード カジマヤー祝,九十九歳,九月九日,或る英雄,六十七歳,行方不明,三十三年忌,庭先の菊,カジマヤー,九十七歳は生まれ年
梗概(こうがい) カジマヤー祝いは、実際には九十九歳の時の九月九日の日に行なわれるべきものである。(このカジマヤー祝いの起こりはこうである。)或る英雄が六十七歳位の時に家を出たまま行方不明になり、どこで暮らしているのかも分らなかった。その人が家を出た日が九月九日だったそうだ。(そんなある日、家族が)今日は、私達の父親が家を出た年から数えて三十三年目になるので、三十三年忌のスーコー(焼香)をしてあげようと、色々と準備をしているところへ(死んだものと思っていた親が)年老いて体は弱り、九月九日に、庭先の菊の傍にカジマヤー(風車)を(手に)持って現われたそうだね。それを見つけて、自分の親だと知ったが(最初は)「これは化け者ではないだろうか。」と疑ったが、(よく見ると)化け者ではなく本当に自分の親が風車を持って菊の傍に座っていた。それから三十三年忌のスーコーをしようと準備した御馳走で、父親が帰って来た祝いをした。こういう理由で、カジマヤーの祝いをするようになったそうだ。本当はこの人が帰った日の九月九日だそうだがね。今でも九月九日(菊酒)は一つの行事になってはいるが、(カジマヤーは)九十七歳に行われている。九十七歳は生まれ年でカジマヤーとは関係なさそうだよ。ただ昔は、九十九歳まで生きぬいた人がいなかったので九十七歳の生まれ年まで生きぬいた人に合わせてカジマヤー祝いはしている訳なんだ。〈那覇のある所のカジマヤーについて、新聞に載っていたこともあるよ〉カジマヤー祝いは九十九歳にお祝いをするんだよ。九十七歳の祝いは生年祝いだから。
全体の記録時間数 2:28
物語の時間数 2:28
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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