
渡嘉敷ペークーは最初の頃は、フナティウェーダイといって、唐船を造る官職だったそうだ。ペークーの話の内容は話す人によって変わっているがね。それから、退役して退職慰労金をたくさん貰って、仲島の尾類の家へ持って行った。「こうこうで退役し退職慰労金をたくさん貰って持ってきたよ、アンマー。」とアンマーに言ったようだね。そして家に帰るときにアンマーが「夜からお金を持って歩くと帰り道が危ないから、ここに預けなさい。私の戸棚に納めて鍵を入れ、その鍵だけをあなたは持って帰るといいですよ。」と言った。そのとおりにペークーは鍵だけを持って、お金は預けたまま首里の妻子のいる家に帰られた。翌日、さっそく尾類の家へ行ったら、アンマーが目を泣きはらして座っていたそうだ。「昨夜、ここに盗人が入って、戸棚を壊して開け、貴方のお金を全部盗んで行ってしまいました。」と言った。ペークーは、「それなら仕方がない、覚悟の上だ。尾類にお金を預ける者にはそんなこともあるさ、もういい。」と言って、請求もしなかったようだ。そして、ペークーは「渡嘉敷ペークーの退職金は仲島の池に投げ込むから、皆さん出てきて見なさい。」と言った。お金六厘だが、穴のあいているお金三百貫束ねて、その尾類の家から、まっ裸で男根もさらけ出して外に出てきたので、「尾類と遊ぶのはこんなはめになるんだよ。」と皆に忠告するために仲島の池にその三百貫の金を持って行って投げ込んだ。ペークーは無一文になり首里に帰って行った。貧乏なゆえ、首里では住めなくなって、桑江之前に下りてきた。しかし、そこでももうたいそう貧乏な生活をしていたそうだ。以前にペークーをだました尾類は山原の人だったそうだ。山原へ行くには、昔は歩いて行ったので、そのたびにペークーの所に来て休んだりして友達になっていた。そのときには尾類はペークーに仕返しされた。山原を往来するたびに、来て休んだのでお茶やら食事やらで接待していた。そこでペークーは考えた。尾類がいつも来るので、隣近所の人達から藁を買い集めて、稲を積みあげてあるように見せかけた。昔は稲を刈りてそのようにしていた。藁を買ってそのようにしていると、世間の人々は「ペークーは珍しい人だ、狂っているんだ。」と言っていたようだ。そして、家族とは、藁だけど稲を積みあげてあるんだということでしめし合わせていた。米はここに入れてあることを教えてあった。そんなところに、尾類アンマーは山原からの帰りペークーの家へ寄った。「さあ、アンマーは来ているので、稲マジンから米を出して精米してごはんもさしあげて、おみやげも持たしなさい。」と言った。家族には、「ここに本物の米は入れてあるので、私が合図したらそこから米束を取っておみやげも持たしなさい。」と相談してあった。アンマーにはそこを見せておいて、そこから米を取って精米して、食事もあげて、家におみやげも持たしてやった。それから、二、三ヶ月が過ぎて、ぺークーはアンマーの所へ行った。「私はこうこうで金を必要としているので、すこしばかりお金を借して下さい、アンマー。」と言った。「いくら借りるのか、額も分らずに借りるのですか。」「借りることはたしかですが、もう私は担保になるのもないし、あの稲マジンを担保として借して下さい。それでいいですか。」とペークーはお願いした。昔はもう米は宝だったので稲マジンを担保として借りることになった。「某月某日はできるよ。」といってお金も契約し、借用証書も作った。しばらくたってから、「もうお金は返すことができないので、その稲マジンを代わりに取って下さい、アンマー。」とペークーは言った。「私は金の方がずっといい。」と言っていたのだが、しつこく稲マジンを取りなさいとせきたてたので、しまいには合点してしまった。そして、人夫を頼んで整理しようと開けてみると全部藁になっていた。一度は尾類にだまされて、今度はそのしかえしとしてペークーがだましたという話である。渡嘉敷ペークーは船ティウェーデーといって、唐船を造る役人だったそうだ。
| レコード番号 | 47O370634 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C030 |
| 決定題名 | 渡嘉敷ぺークー(方言) |
| 話者がつけた題名 | 渡嘉敷ぺークー |
| 話者名 | 屋良朝乗 |
| 話者名かな | やらちょうじょう |
| 生年月日 | 18921225 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村瀬名波 |
| 記録日 | 19770815 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第3班 |
| 元テープ番号 | 読谷村瀬名波T06A09 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 那覇の又吉ぐゎーのタンメー |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P126 |
| キーワード | 渡嘉敷ペークー,フナティウェーダイ,唐船を造る官職,退職慰労金,仲島の尾類,戸棚に納めた,首里の家,盗人,お金を全部盗まれた,仲島の池,お金六厘,金三百貫,まっ裸,ペークーは無一文,桑江之前,尾類は山原の人,接待,藁,稲,米,稲マジン,稲マジンを担保,尾類に仕返し |
| 梗概(こうがい) | 渡嘉敷ペークーは最初の頃は、フナティウェーダイといって、唐船を造る官職だったそうだ。ペークーの話の内容は話す人によって変わっているがね。それから、退役して退職慰労金をたくさん貰って、仲島の尾類の家へ持って行った。「こうこうで退役し退職慰労金をたくさん貰って持ってきたよ、アンマー。」とアンマーに言ったようだね。そして家に帰るときにアンマーが「夜からお金を持って歩くと帰り道が危ないから、ここに預けなさい。私の戸棚に納めて鍵を入れ、その鍵だけをあなたは持って帰るといいですよ。」と言った。そのとおりにペークーは鍵だけを持って、お金は預けたまま首里の妻子のいる家に帰られた。翌日、さっそく尾類の家へ行ったら、アンマーが目を泣きはらして座っていたそうだ。「昨夜、ここに盗人が入って、戸棚を壊して開け、貴方のお金を全部盗んで行ってしまいました。」と言った。ペークーは、「それなら仕方がない、覚悟の上だ。尾類にお金を預ける者にはそんなこともあるさ、もういい。」と言って、請求もしなかったようだ。そして、ペークーは「渡嘉敷ペークーの退職金は仲島の池に投げ込むから、皆さん出てきて見なさい。」と言った。お金六厘だが、穴のあいているお金三百貫束ねて、その尾類の家から、まっ裸で男根もさらけ出して外に出てきたので、「尾類と遊ぶのはこんなはめになるんだよ。」と皆に忠告するために仲島の池にその三百貫の金を持って行って投げ込んだ。ペークーは無一文になり首里に帰って行った。貧乏なゆえ、首里では住めなくなって、桑江之前に下りてきた。しかし、そこでももうたいそう貧乏な生活をしていたそうだ。以前にペークーをだました尾類は山原の人だったそうだ。山原へ行くには、昔は歩いて行ったので、そのたびにペークーの所に来て休んだりして友達になっていた。そのときには尾類はペークーに仕返しされた。山原を往来するたびに、来て休んだのでお茶やら食事やらで接待していた。そこでペークーは考えた。尾類がいつも来るので、隣近所の人達から藁を買い集めて、稲を積みあげてあるように見せかけた。昔は稲を刈りてそのようにしていた。藁を買ってそのようにしていると、世間の人々は「ペークーは珍しい人だ、狂っているんだ。」と言っていたようだ。そして、家族とは、藁だけど稲を積みあげてあるんだということでしめし合わせていた。米はここに入れてあることを教えてあった。そんなところに、尾類アンマーは山原からの帰りペークーの家へ寄った。「さあ、アンマーは来ているので、稲マジンから米を出して精米してごはんもさしあげて、おみやげも持たしなさい。」と言った。家族には、「ここに本物の米は入れてあるので、私が合図したらそこから米束を取っておみやげも持たしなさい。」と相談してあった。アンマーにはそこを見せておいて、そこから米を取って精米して、食事もあげて、家におみやげも持たしてやった。それから、二、三ヶ月が過ぎて、ぺークーはアンマーの所へ行った。「私はこうこうで金を必要としているので、すこしばかりお金を借して下さい、アンマー。」と言った。「いくら借りるのか、額も分らずに借りるのですか。」「借りることはたしかですが、もう私は担保になるのもないし、あの稲マジンを担保として借して下さい。それでいいですか。」とペークーはお願いした。昔はもう米は宝だったので稲マジンを担保として借りることになった。「某月某日はできるよ。」といってお金も契約し、借用証書も作った。しばらくたってから、「もうお金は返すことができないので、その稲マジンを代わりに取って下さい、アンマー。」とペークーは言った。「私は金の方がずっといい。」と言っていたのだが、しつこく稲マジンを取りなさいとせきたてたので、しまいには合点してしまった。そして、人夫を頼んで整理しようと開けてみると全部藁になっていた。一度は尾類にだまされて、今度はそのしかえしとしてペークーがだましたという話である。渡嘉敷ペークーは船ティウェーデーといって、唐船を造る役人だったそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 6:57 |
| 物語の時間数 | 6:57 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |