坊主御主と雑炊(方言)

概要

「ひもじい時が、おいしい。」という言葉があるでしょう。これは坊主御主の話からこの言葉は出て、今でもよく使われる言葉だよ。坊主御主が「今日は供を連れて国内見聞でもしよう。」と、考えて、この供の者をつれて、「どこの村とは分らないが、その村にものすごい強情者がいるそうだから、どうだ、その村に行って、その強情者の家に行ってみよう。」と御主が言い出した。「そうしますか。」と供の者は答えた。そして、その家へ入って行くと、その強情者の子供がいたようだ。「はい、ごめん下さい。」と言うと、「誰もいませんよ。」と返事がした。「君のお父さんはどちらに行ったのですか。」と聞くと、「お父さんは、今日は町へ行きましたよ。」と答えた。「町へ何しに行ったのですか。」「クバ笠を売ったりしに行きましたが。」と。「ええ、そうか、それじゃあもうすぐ帰ってくるかな。」「やがて帰って来るはずですよ。」「じゃあ、帰って来るまでここで休んでいましょうね。」と、休もうとしていると、そこに強情者が帰って来たようだ。「こんにちわ、いらっしゃいませ。どうしてまた、どこからいらっしゃったのですか。」と強情者が聞いた。「私達は遠くから来て、あちらこちらを見て歩いていますが、こちらに入って来たんですよ。用事に行ってらしたんですか。」と御主が聞いた。「私は、町にクバ笠を売りにと行ったのだが、ゆうがおを売ったり、クバ笠を売ったりしに行ったのだが、町には、いやな御主のゆうがおが多く出すぎて、売るにも売れず、安売りや、カラ売りして捨て売りまでしてきましたよ。」「そうでしたか、それでは、クバ笠は売れましたか。」「クバ笠はもう、多くさん売ってきました。」「それじゃあ貴方はクバ笠を多くさん作るのですか。」「クバ笠は多くさん作りますよ。」「クバ笠を多くさん作るには、どうしたら多く作られますか。」「このクバ笠というものは、紐を長くつけてしまうと、少ししか作れませんよ。紐は(竹を)削って作るのではなく、そこにシュロを準備しておき、少しずつ作りながらこうして綯っていって、その紐が短かければ多くさんクバ笠が作られるんですよ。」「ああ、そうですね、なるほど、そうかも知れないね。あなたがおっしゃることはもっともです。」と、強情者と御主は話をした。「あれ、どうしてあなたの家の柱は虫喰っているのですか。」「柱が虫喰ってるって!どこですか。」「ほら向こうの方で虫喰っているさ。」「ああ、あのギーチギーチという音ですか。」「そうだ、あなたの家柱はこんなに虫喰っているよ。」と、坊主御主が言った。「まったく、あなたはおかしいんじゃないですか。柱が虫喰うということがあるのか、あなたの話は違っている。何を考えなさっているのか、私の家の柱は虫喰いませんよ。」と強情者は言った。「しかし、あんなにギチギチと音をたてて喰っているのも分らないのですか。」と、御主が言うと、「あれは、柱が虫を喰うのではなく、虫が私の家の柱を喰っているんですよ。」と答えた。「ああ、そうですね、これはこれは私がまちがっていました。あなたには負けましたよ。」と、御主は降参した。「それはそれでいいとして、あの遠くからはっきり見えないものが、来るようだがあなたはあれが何だか分りますか。」と御主が言うと、「あなたの言葉はまた、まちがっていますね。見えそうで見えないものが来るという言葉は、そのような言葉を使ってはいけません。見えないようで、見えないというのは、ずっと見えなくなってしまうことに見えないと言うのである。あそこから来るのは見えそうで、見えないという言葉が正しいんですよ。」と強情者が言った。「おっしゃるとうりです。またもや、あなたの勝ちですね、私が負けてしまいました。」と御主は降参した。「あなたの負けですね。」「そうだね。」とお互いに認めあった。「もうこんな話をあなたにはできない。私は朝早くから出て来たので、ひもじくてたまりません。何か食べられる物はありませんか。ああそうか、今の飢饉の世の中では、何かを下さいとも言えないし、皆食べることで精一杯の暮らしだから要求して食べるということはできませんね。」と御主が言うと、「そんなことで恐縮しなさんな、まずいものではあるが、おから雑炊というものがありますから、これでもよろしかったら召し上がって下さい。」と言った。「それはよかった、それじゃあ一杯私に食べさせて下さい。一口だけでもいいから、ひもじくてたまらないのです。」と御主は頼んだ。それから、おから雑炊を入れてもってきて、御主に差し上げると、「では、御馳走になります。」と言って、召し上がり、「なんておいしいんだ、何で作ってあるのですか。」と、「これは、枯れたかずらをかき集めてきて、水に戻してから、大変柔らかくなるまで戻し、また、おからは保存してあるから、そのおからを入れかき混ぜて雑炊にするのだが、これをおから雑炊と言っているんですよ。」と教えてくれた。「なるほど、そう言うのですか、どうしてこんなにおいしいものがあるのか。これは、もう家に帰って、作って食べてみなくては。ああ、これがおから雑炊というものか。『ひもじい時がおいしい』とは、よくいったものだ。」と言い、それからお腹がすいているときは、何でもおいしいと言うようになったそうだ。また、家に帰り、そのおから雑炊を作ってもらおうと思って、「私は田舎で、おから雑炊というのを食べて、とてもおいしかったから、必ずそれを作って、また食べさせてくれ。それから材料は、枯れたかずらを水に戻して、柔らかくなるまで戻し、それとおからをかき混ぜて、雑炊を作ってあると言っていたから、それを作って食べさせてくれ。」と家の者に話したところ、「ええ、そうだったんですか。」と言い、言われたように作ってみたが、もうまずくて食べられない。「ああ、私があんなにおいしく思ったのは、空腹で、あそこで食べたから、『ひもじいときは何でもおいしい』という言葉があるように、きっとお腹がすいていたから、おいしかったんだろうな。」と御主は思った。それでそういう言葉が出たそうだ。ひもじい時がおいしいという言葉は、その話から出たそうだ。


再生時間:8:01

民話詳細DATA

レコード番号 47O370599
CD番号 47O37C028
決定題名 坊主御主と雑炊(方言)
話者がつけた題名 坊主御主の話
話者名 山内真厚
話者名かな やまうちしんこう
生年月日 19130515
性別
出身地 沖縄県読谷村瀬名波
記録日 19461114
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第7班
元テープ番号 読谷村瀬名波T04B06
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集4瀬名波の民話 P245
キーワード ヤーサルマーサル,坊主御主,強情者の家,お父さんは今日は町へ,クバ笠を売りに,御主のゆうがお,安売りや,カラ売り,捨て売り,シュロ,虫喰い,柱が虫を喰う,虫が私の家の柱を喰っている,御主は降参,飢饉,おから雑炊,枯れたかずら
梗概(こうがい) 「ひもじい時が、おいしい。」という言葉があるでしょう。これは坊主御主の話からこの言葉は出て、今でもよく使われる言葉だよ。坊主御主が「今日は供を連れて国内見聞でもしよう。」と、考えて、この供の者をつれて、「どこの村とは分らないが、その村にものすごい強情者がいるそうだから、どうだ、その村に行って、その強情者の家に行ってみよう。」と御主が言い出した。「そうしますか。」と供の者は答えた。そして、その家へ入って行くと、その強情者の子供がいたようだ。「はい、ごめん下さい。」と言うと、「誰もいませんよ。」と返事がした。「君のお父さんはどちらに行ったのですか。」と聞くと、「お父さんは、今日は町へ行きましたよ。」と答えた。「町へ何しに行ったのですか。」「クバ笠を売ったりしに行きましたが。」と。「ええ、そうか、それじゃあもうすぐ帰ってくるかな。」「やがて帰って来るはずですよ。」「じゃあ、帰って来るまでここで休んでいましょうね。」と、休もうとしていると、そこに強情者が帰って来たようだ。「こんにちわ、いらっしゃいませ。どうしてまた、どこからいらっしゃったのですか。」と強情者が聞いた。「私達は遠くから来て、あちらこちらを見て歩いていますが、こちらに入って来たんですよ。用事に行ってらしたんですか。」と御主が聞いた。「私は、町にクバ笠を売りにと行ったのだが、ゆうがおを売ったり、クバ笠を売ったりしに行ったのだが、町には、いやな御主のゆうがおが多く出すぎて、売るにも売れず、安売りや、カラ売りして捨て売りまでしてきましたよ。」「そうでしたか、それでは、クバ笠は売れましたか。」「クバ笠はもう、多くさん売ってきました。」「それじゃあ貴方はクバ笠を多くさん作るのですか。」「クバ笠は多くさん作りますよ。」「クバ笠を多くさん作るには、どうしたら多く作られますか。」「このクバ笠というものは、紐を長くつけてしまうと、少ししか作れませんよ。紐は(竹を)削って作るのではなく、そこにシュロを準備しておき、少しずつ作りながらこうして綯っていって、その紐が短かければ多くさんクバ笠が作られるんですよ。」「ああ、そうですね、なるほど、そうかも知れないね。あなたがおっしゃることはもっともです。」と、強情者と御主は話をした。「あれ、どうしてあなたの家の柱は虫喰っているのですか。」「柱が虫喰ってるって!どこですか。」「ほら向こうの方で虫喰っているさ。」「ああ、あのギーチギーチという音ですか。」「そうだ、あなたの家柱はこんなに虫喰っているよ。」と、坊主御主が言った。「まったく、あなたはおかしいんじゃないですか。柱が虫喰うということがあるのか、あなたの話は違っている。何を考えなさっているのか、私の家の柱は虫喰いませんよ。」と強情者は言った。「しかし、あんなにギチギチと音をたてて喰っているのも分らないのですか。」と、御主が言うと、「あれは、柱が虫を喰うのではなく、虫が私の家の柱を喰っているんですよ。」と答えた。「ああ、そうですね、これはこれは私がまちがっていました。あなたには負けましたよ。」と、御主は降参した。「それはそれでいいとして、あの遠くからはっきり見えないものが、来るようだがあなたはあれが何だか分りますか。」と御主が言うと、「あなたの言葉はまた、まちがっていますね。見えそうで見えないものが来るという言葉は、そのような言葉を使ってはいけません。見えないようで、見えないというのは、ずっと見えなくなってしまうことに見えないと言うのである。あそこから来るのは見えそうで、見えないという言葉が正しいんですよ。」と強情者が言った。「おっしゃるとうりです。またもや、あなたの勝ちですね、私が負けてしまいました。」と御主は降参した。「あなたの負けですね。」「そうだね。」とお互いに認めあった。「もうこんな話をあなたにはできない。私は朝早くから出て来たので、ひもじくてたまりません。何か食べられる物はありませんか。ああそうか、今の飢饉の世の中では、何かを下さいとも言えないし、皆食べることで精一杯の暮らしだから要求して食べるということはできませんね。」と御主が言うと、「そんなことで恐縮しなさんな、まずいものではあるが、おから雑炊というものがありますから、これでもよろしかったら召し上がって下さい。」と言った。「それはよかった、それじゃあ一杯私に食べさせて下さい。一口だけでもいいから、ひもじくてたまらないのです。」と御主は頼んだ。それから、おから雑炊を入れてもってきて、御主に差し上げると、「では、御馳走になります。」と言って、召し上がり、「なんておいしいんだ、何で作ってあるのですか。」と、「これは、枯れたかずらをかき集めてきて、水に戻してから、大変柔らかくなるまで戻し、また、おからは保存してあるから、そのおからを入れかき混ぜて雑炊にするのだが、これをおから雑炊と言っているんですよ。」と教えてくれた。「なるほど、そう言うのですか、どうしてこんなにおいしいものがあるのか。これは、もう家に帰って、作って食べてみなくては。ああ、これがおから雑炊というものか。『ひもじい時がおいしい』とは、よくいったものだ。」と言い、それからお腹がすいているときは、何でもおいしいと言うようになったそうだ。また、家に帰り、そのおから雑炊を作ってもらおうと思って、「私は田舎で、おから雑炊というのを食べて、とてもおいしかったから、必ずそれを作って、また食べさせてくれ。それから材料は、枯れたかずらを水に戻して、柔らかくなるまで戻し、それとおからをかき混ぜて、雑炊を作ってあると言っていたから、それを作って食べさせてくれ。」と家の者に話したところ、「ええ、そうだったんですか。」と言い、言われたように作ってみたが、もうまずくて食べられない。「ああ、私があんなにおいしく思ったのは、空腹で、あそこで食べたから、『ひもじいときは何でもおいしい』という言葉があるように、きっとお腹がすいていたから、おいしかったんだろうな。」と御主は思った。それでそういう言葉が出たそうだ。ひもじい時がおいしいという言葉は、その話から出たそうだ。
全体の記録時間数 8:01
物語の時間数 8:01
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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