ペッテルハイム(方言)

概要

現在まで、波之上の眼鏡という言葉が残っている。この波之上の眼鏡というのは、その頃、昔の唐の国からベッテルハイムという人が布教のために初めて沖縄に渡航してこられた。そして、すべての宗教、教えをなさった人だと聞いている。この人が沖縄に、当時の琉球にいらして、色々なことを教えたりした。また、人々の病気を治療なされた方だそうだ。この人は、御万人の病気を治したり、学問を教えながら、色々とキリストの教えを布教されたと聞いている。このキリストの教えを宣教するために琉球に来られたわけだが、その頃は、なかなかキリストの教えに心を寄せる人はいなかった。そのために、ベッテルハイムは、大変な苦労を重ねられたようだ。その後、このベッテルハイムの行いのよさ、たとえば、病気の治療、すべての教えを広めたおかげで、御万人に認められた。そして後々、しだいにベッテルハイムの教えを受け入れるようになった。現在、波之上に、ベッテルハイム上陸の碑、として建立されている。これを昔の人は、「ペッタラル波之上の眼鏡だよ。」という言葉で表現した。当時の人々からすれば、琉球の国は、祖先崇拝のことしか考えられなかった。しかし、ベッテルハイムが渡琉されたおかげでキリストの教えを知った。そして、現在までもその教えは残っている。その時代の琉球の人々に医者として技術を広め、人々を救った、すぐれた恩人であると、敬まわれているようである。あまりよくわからなくて、とびとびの話でしたが、ベッテルハイムの話を、これで終わりにします。

再生時間:3:12

民話詳細DATA

レコード番号 47O370456
CD番号 47O37C021
決定題名 ペッテルハイム(方言)
話者がつけた題名 ペッテルハイム
話者名 長浜真一
話者名かな ながはましんいち
生年月日 19101012
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19810219
記録者の所属組織 読谷ゆうがおの会
元テープ番号 読谷村長浜T12A08
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集3長浜の民話 P252
キーワード 波之上の眼鏡,唐の国,ベッテルハイム,布教,宗教を教えた,病気を治したり学問を教えた,布教
梗概(こうがい) 現在まで、波之上の眼鏡という言葉が残っている。この波之上の眼鏡というのは、その頃、昔の唐の国からベッテルハイムという人が布教のために初めて沖縄に渡航してこられた。そして、すべての宗教、教えをなさった人だと聞いている。この人が沖縄に、当時の琉球にいらして、色々なことを教えたりした。また、人々の病気を治療なされた方だそうだ。この人は、御万人の病気を治したり、学問を教えながら、色々とキリストの教えを布教されたと聞いている。このキリストの教えを宣教するために琉球に来られたわけだが、その頃は、なかなかキリストの教えに心を寄せる人はいなかった。そのために、ベッテルハイムは、大変な苦労を重ねられたようだ。その後、このベッテルハイムの行いのよさ、たとえば、病気の治療、すべての教えを広めたおかげで、御万人に認められた。そして後々、しだいにベッテルハイムの教えを受け入れるようになった。現在、波之上に、ベッテルハイム上陸の碑、として建立されている。これを昔の人は、「ペッタラル波之上の眼鏡だよ。」という言葉で表現した。当時の人々からすれば、琉球の国は、祖先崇拝のことしか考えられなかった。しかし、ベッテルハイムが渡琉されたおかげでキリストの教えを知った。そして、現在までもその教えは残っている。その時代の琉球の人々に医者として技術を広め、人々を救った、すぐれた恩人であると、敬まわれているようである。あまりよくわからなくて、とびとびの話でしたが、ベッテルハイムの話を、これで終わりにします。
全体の記録時間数 3:12
物語の時間数 3:12
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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