
あのですね、森川の子という人は、まだ年は若いけれども、不幸が続いたので、これでは生活が出来ないということで、今度は田舎下りした。田舎でも良い所がなく、国頭方面へ行けばどうにか日々の生活は出来るだろうと思って、大宜味村田港という所に行ったそうですが。森川の子は不幸続きにいや気がさして国頭へ行ったが、一人娘は妻が連れて育て、首里で生活していたようだね。それがどういうわけか、その娘が毎年毎年太りだした。でも、朝夕いつも男の親のことばかり思い出して仕方がなかったそうです。それで母親が、こんなに太っているからどんなに遠い国頭であっても、手をひいて、あの部落、この部落を泊り歩いて国頭まで行けると考え、母親がこんなふうに尋ね歩けばお父さんをさがすことができるかもしれないと思い、親子は手をつないで国頭に父親をさがしに行ったようです。国頭の大宜味村にある田港部落に行ってみると、そこには、昔、森川の子が住んでいた屋敷が今もあるが、遠い首里からやって来たのでこの部落の様子がわからなかったので、道から歩いている人や、山や田圃から来る人たちに親父のことを尋ねたそうですよ。そうすると、「私達はこの近くの部落に住んではいるが、こういうお侍がこの部落においでになったことは知りませんよ。」と言ったので、また親子はゆっくり、ゆっくり先へ歩いて行った。すると、東村の東側にある久志村辺野古から、猿ひきが猿を連れてやって来たが、その猿は芸や踊りができた。それで、大宜味村の役場から、「是非、猿の踊りをみせて欲しいので、その猿を連れてきなさい。」という呼び出しがあったそうです。この猿は、慶良間から久志村に持って来て、ちょうど十五年になっていたそうだが、芸能を教えると人間のように覚えがよく、手踊りやナギナタを持って踊ってみせたものですから、大宜味村の役場へ行く途中だったが、それを見ていた森川の親子はその後を追うようにして歩いた。そして、首里から下って来た森川の奥さんが、猿ひきに一言頼んだ。「ねえ、猿ひき、この辺のどこかに首里から来た侍で、森川の子という身すじあまる人を見たことがないか。」と聞いて、〉また、「身分のある三十三歳の年頃の男の人を見かけたことがないか。」と聞いた。すると、「私は久志村の人でこの大宜味村の人ではないから、この辺の様子は知りません。」と話した。首里から来た親子に答えると、「あっそうですか、他所の者でしたら、この辺のことは知りませんね。それではこの辺の人に尋ねて親父をさがしに行こう。」と猿ひきに話した。だけども、その娘が、猿の踊りを見て珍しがり、必ず見せて欲しいと頼むんですよ。それで、初めは手で踊ってみせたが、娘は「もうちょっと踊ってみせて下さい。」と頼むと、今度は七尺もあるナギナタを振って踊った。そして、その後に、猿ひきはこう思った。「この親子は、大宜味村に行く途中で私にこうして頼んで踊りを娘に見せて慰めまた明日からも、遠い国頭に父親をさがしに行くのだね。今日一晩はここで立派なお猿の踊りを見る良い機会だし、また明日からあの山原に向かって行くのだね。」と言った。そして猿の踊りを見せてもらったお礼に娘はチップをあげた。すると猿ひきは「あなた達は、二、三日この辺で過ごしますか。」と、この首里から来た奥さんに聞いているんですよ。すると「はい、二、三日はこの方面で人を捜しますので、ここにおりますよ。」と。「それなら、また明日連れて来て猿に踊りをさせて見せてあげますから。」と言った。「それでは、お願いします。」と言った。猿ひきは、大宜味の役場へ行く途中だったので、忙しいからまた後にお会いしましょうと別れた。そして後に、いらして猿をひっぱるわけですよ。そして、猿ひきと別れて、また親子は、北部へ北部へと毎日歩いて行くと、七、八十歳になる年寄りが杖をついて、両先が尖った棒に薪をかついで山から下りて家へ帰るところで、この侍の奥さん達、親子が「やあ、薪取りのお方、この辺の裏方に、首里方の侍がおりませんか。」と言うたそうです。すると、「はあー、おりましたが。」と、「それで、どういう状態で生活していますか、また実際におりますか、それともいないですか。」と聞くと、「この島にこの部落におりましたがね。」と答えた。この侍が塩を炊く時はいつも雨が降るし、良い天気に塩を炊くのであれば、砂を干して潮水をかけてその汁を煮立てて、塩を作るのである。だが、妻が森川を尋ねた時、「あの、貧乏者が塩炊きをすると雨が降る。」と言ったようだ。森川の子は本当に三十四、五歳はなっていたと思う。顔つきも立派でべっぴんな人だったようだね。その人の仕事は、やるたびにどういうわけか雨が降り続いて、塩を炊くことができない。それにいつも失敗したもんだから、「これではいけない。」と思い、森川の子はこの田港から去ろうと考えたようだ。もう今度は、やつれて何でもかんでもやってみようといって、塩炊きをやめた。「貧乏人が塩炊きをすると雨が降る。」と嘆き、金儲けもできなくなってしまった。今度は、かごを二つかついで花売りを始めた。首里から下って来た侍だから、美男でもあるし、その服装も上等だった。二つのかごに花を入れて、大宜味村の田港からまた国頭の奥にどんどん花売りに行くわけですよ。その時に、自分の妻子に会うわけですよ、親父は。そこで妻はこの人が自分の夫であることを知るが、娘が小さい時に夫は逃げているので、娘は親父だとは知らずに、「あんたが持っている花は欲しいけれども、奪い取ることはしないが、この仮装をとってから踊って見せてくれ。」と父親に言った。だけども、父親は自分の妻子とは知らずに、「幸福だね、踊ってお目にかけよう。」と言った。「あなた方が希望するならば、笠もとって踊って見せよう。」と。その人には、ちゃんと昔の面影が残っており、ただ顔を笠で隠していたので、それを取ると顔は昔のままだから、妻は自分の夫であることを知る。その表情を娘が見て、珍しいなあと思っていると、「私達が尋ね歩いている父親はあの人だよ。」と母親が言った。「あなたが朝夕探しに行こうと言っていた、お父さんはあの人なんだよ。お母さんの顔をひと目みて、踊りしてすぐに隠れて逃げてしまったでしょう、あれがあなたの父親よ。」と言ったようだね。それで、その娘はかけ足で追っかけて行った。母親から本当の父親だと聞かされ、それを信じて父親をつかまえ連れて来た。すると、父親は自分の子供がこんなに大きくなり、また妻子が生きているとは夢にも思ってなかったが、娘が大きくなって、朝夕いつも自分のことを思って、こんなに遠い国頭まで、親子一緒に私をさがしに来たのかと、森川の子は感動したようである。そして、そこで会ったことを喜び合った。まあ昔からある情景だが、妻子が元気で父親を尋ね、お互いに元気で出会った時に、そこで思わず抱き合って喜ぶのだが、その喜びの後に大きな歌が出てきた。歌を歌いながら、首里へ帰ったようだね。森川の子の屋敷が大宜味村の田港にあるところからね。
| レコード番号 | 47O370426 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C020 |
| 決定題名 | 花売りの縁(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 花売りの縁 |
| 話者名 | 山内清 |
| 話者名かな | やまうちきよし |
| 生年月日 | 19080401 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19770113 |
| 記録者の所属組織 | 読谷ゆうがおの会 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T11A01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | あのですね |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P274 |
| キーワード | 森川の子,不幸が続いた,田舎下り,国頭方面,大宜味村田港,一人娘は妻が育て首里で生活,娘が毎年毎年太りだした,親子は父親をさがしに,久志村辺野古,猿ひき,慶良間,手踊りやナギナタを持って踊った,年寄り,薪取り,貧乏者が塩炊き,かごを二つかついで花売り,顔を笠で隠していた,首里へ帰った |
| 梗概(こうがい) | あのですね、森川の子という人は、まだ年は若いけれども、不幸が続いたので、これでは生活が出来ないということで、今度は田舎下りした。田舎でも良い所がなく、国頭方面へ行けばどうにか日々の生活は出来るだろうと思って、大宜味村田港という所に行ったそうですが。森川の子は不幸続きにいや気がさして国頭へ行ったが、一人娘は妻が連れて育て、首里で生活していたようだね。それがどういうわけか、その娘が毎年毎年太りだした。でも、朝夕いつも男の親のことばかり思い出して仕方がなかったそうです。それで母親が、こんなに太っているからどんなに遠い国頭であっても、手をひいて、あの部落、この部落を泊り歩いて国頭まで行けると考え、母親がこんなふうに尋ね歩けばお父さんをさがすことができるかもしれないと思い、親子は手をつないで国頭に父親をさがしに行ったようです。国頭の大宜味村にある田港部落に行ってみると、そこには、昔、森川の子が住んでいた屋敷が今もあるが、遠い首里からやって来たのでこの部落の様子がわからなかったので、道から歩いている人や、山や田圃から来る人たちに親父のことを尋ねたそうですよ。そうすると、「私達はこの近くの部落に住んではいるが、こういうお侍がこの部落においでになったことは知りませんよ。」と言ったので、また親子はゆっくり、ゆっくり先へ歩いて行った。すると、東村の東側にある久志村辺野古から、猿ひきが猿を連れてやって来たが、その猿は芸や踊りができた。それで、大宜味村の役場から、「是非、猿の踊りをみせて欲しいので、その猿を連れてきなさい。」という呼び出しがあったそうです。この猿は、慶良間から久志村に持って来て、ちょうど十五年になっていたそうだが、芸能を教えると人間のように覚えがよく、手踊りやナギナタを持って踊ってみせたものですから、大宜味村の役場へ行く途中だったが、それを見ていた森川の親子はその後を追うようにして歩いた。そして、首里から下って来た森川の奥さんが、猿ひきに一言頼んだ。「ねえ、猿ひき、この辺のどこかに首里から来た侍で、森川の子という身すじあまる人を見たことがないか。」と聞いて、〉また、「身分のある三十三歳の年頃の男の人を見かけたことがないか。」と聞いた。すると、「私は久志村の人でこの大宜味村の人ではないから、この辺の様子は知りません。」と話した。首里から来た親子に答えると、「あっそうですか、他所の者でしたら、この辺のことは知りませんね。それではこの辺の人に尋ねて親父をさがしに行こう。」と猿ひきに話した。だけども、その娘が、猿の踊りを見て珍しがり、必ず見せて欲しいと頼むんですよ。それで、初めは手で踊ってみせたが、娘は「もうちょっと踊ってみせて下さい。」と頼むと、今度は七尺もあるナギナタを振って踊った。そして、その後に、猿ひきはこう思った。「この親子は、大宜味村に行く途中で私にこうして頼んで踊りを娘に見せて慰めまた明日からも、遠い国頭に父親をさがしに行くのだね。今日一晩はここで立派なお猿の踊りを見る良い機会だし、また明日からあの山原に向かって行くのだね。」と言った。そして猿の踊りを見せてもらったお礼に娘はチップをあげた。すると猿ひきは「あなた達は、二、三日この辺で過ごしますか。」と、この首里から来た奥さんに聞いているんですよ。すると「はい、二、三日はこの方面で人を捜しますので、ここにおりますよ。」と。「それなら、また明日連れて来て猿に踊りをさせて見せてあげますから。」と言った。「それでは、お願いします。」と言った。猿ひきは、大宜味の役場へ行く途中だったので、忙しいからまた後にお会いしましょうと別れた。そして後に、いらして猿をひっぱるわけですよ。そして、猿ひきと別れて、また親子は、北部へ北部へと毎日歩いて行くと、七、八十歳になる年寄りが杖をついて、両先が尖った棒に薪をかついで山から下りて家へ帰るところで、この侍の奥さん達、親子が「やあ、薪取りのお方、この辺の裏方に、首里方の侍がおりませんか。」と言うたそうです。すると、「はあー、おりましたが。」と、「それで、どういう状態で生活していますか、また実際におりますか、それともいないですか。」と聞くと、「この島にこの部落におりましたがね。」と答えた。この侍が塩を炊く時はいつも雨が降るし、良い天気に塩を炊くのであれば、砂を干して潮水をかけてその汁を煮立てて、塩を作るのである。だが、妻が森川を尋ねた時、「あの、貧乏者が塩炊きをすると雨が降る。」と言ったようだ。森川の子は本当に三十四、五歳はなっていたと思う。顔つきも立派でべっぴんな人だったようだね。その人の仕事は、やるたびにどういうわけか雨が降り続いて、塩を炊くことができない。それにいつも失敗したもんだから、「これではいけない。」と思い、森川の子はこの田港から去ろうと考えたようだ。もう今度は、やつれて何でもかんでもやってみようといって、塩炊きをやめた。「貧乏人が塩炊きをすると雨が降る。」と嘆き、金儲けもできなくなってしまった。今度は、かごを二つかついで花売りを始めた。首里から下って来た侍だから、美男でもあるし、その服装も上等だった。二つのかごに花を入れて、大宜味村の田港からまた国頭の奥にどんどん花売りに行くわけですよ。その時に、自分の妻子に会うわけですよ、親父は。そこで妻はこの人が自分の夫であることを知るが、娘が小さい時に夫は逃げているので、娘は親父だとは知らずに、「あんたが持っている花は欲しいけれども、奪い取ることはしないが、この仮装をとってから踊って見せてくれ。」と父親に言った。だけども、父親は自分の妻子とは知らずに、「幸福だね、踊ってお目にかけよう。」と言った。「あなた方が希望するならば、笠もとって踊って見せよう。」と。その人には、ちゃんと昔の面影が残っており、ただ顔を笠で隠していたので、それを取ると顔は昔のままだから、妻は自分の夫であることを知る。その表情を娘が見て、珍しいなあと思っていると、「私達が尋ね歩いている父親はあの人だよ。」と母親が言った。「あなたが朝夕探しに行こうと言っていた、お父さんはあの人なんだよ。お母さんの顔をひと目みて、踊りしてすぐに隠れて逃げてしまったでしょう、あれがあなたの父親よ。」と言ったようだね。それで、その娘はかけ足で追っかけて行った。母親から本当の父親だと聞かされ、それを信じて父親をつかまえ連れて来た。すると、父親は自分の子供がこんなに大きくなり、また妻子が生きているとは夢にも思ってなかったが、娘が大きくなって、朝夕いつも自分のことを思って、こんなに遠い国頭まで、親子一緒に私をさがしに来たのかと、森川の子は感動したようである。そして、そこで会ったことを喜び合った。まあ昔からある情景だが、妻子が元気で父親を尋ね、お互いに元気で出会った時に、そこで思わず抱き合って喜ぶのだが、その喜びの後に大きな歌が出てきた。歌を歌いながら、首里へ帰ったようだね。森川の子の屋敷が大宜味村の田港にあるところからね。 |
| 全体の記録時間数 | 11:51 |
| 物語の時間数 | 11:51 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |