ものいう牛(方言)

概要

久良波首里殿内から出た話。これは、どうしてカンカーとなったかという事を話してみよう。昔の久良
波首里殿内、その家の跡は、今も海岸のそばにあるが、昔、ここには首里那覇からの旅人が、久良波首里殿内に宿泊をしてから旅を続けたそうだ。この久良波首里殿内の歌に、「久良波首里殿内に 入る人はいるが出てくる人はいない。」という歌があった。それからもうひとつには、久良波首里殿内では牛を飼っていて、この牛は人の言うことを聞き、話もするくらいの牛であったそうだ。そこの娘は、(ある男と)仲睦まじくなり妊娠した。そして、りっぱな子が生まれたが、この子の背中に牛の角の形がはいっていたそうだ。親はそれをみて不思議に思っていると、この牛が言う事には、「この子の背中に牛の角の形が入っているのは、私が入れたんだ。私を殺して、多くの人に私の肉をあげて、それから、ホーグ、ホーグに骨を飾って、悪払いをしなさい。」と言われた。さっそくその牛を殺し、多くの人々に分けてあげてホーグ、ホーグに左縄を綯って、それに骨を下げて厄払いをする。それから各家庭それぞれ桶を持って牛の血をもらいに行く。これはホーギという木の葉につけて家に持って行き、軒先きに下げて、厄払いをしていた。また、私達が小さい頃、牛の血をホーギの葉につけてヤーヌクビにさした事を、まだまだ覚えています。ですからカンカーは、長浜では八月の月の初め頃、牛を殺し、各家庭に分けてあげました。今ではもうなくなっているけど私達が小さい頃まで、私達も桶を持って牛の血をもらいに行った事がありました。カンカーの始まりは、久良波首里殿内から始まったとのことです。

再生時間:3:41

民話詳細DATA

レコード番号 47O370283
CD番号 47O37C012
決定題名 ものいう牛(方言)
話者がつけた題名 カンカー由来
話者名 長浜真一
話者名かな ながはましんいち
生年月日 19101012
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19761031
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第4班
元テープ番号 読谷村長浜T04A12
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12,80
発句(ほっく)
伝承事情 父親や宮城平三さんという大変話し上手の人から聞いた
文字化資料 読谷村民話資料集3長浜の民話 P130
キーワード 久良波首里殿内,旅人,牛,妊娠,牛の角の形,ホーグ,骨を飾り悪払い,左縄に骨を下げて厄払い,牛の血,ホーギの葉,厄払い,カンカー,
梗概(こうがい) 久良波首里殿内から出た話。これは、どうしてカンカーとなったかという事を話してみよう。昔の久良 波首里殿内、その家の跡は、今も海岸のそばにあるが、昔、ここには首里那覇からの旅人が、久良波首里殿内に宿泊をしてから旅を続けたそうだ。この久良波首里殿内の歌に、「久良波首里殿内に 入る人はいるが出てくる人はいない。」という歌があった。それからもうひとつには、久良波首里殿内では牛を飼っていて、この牛は人の言うことを聞き、話もするくらいの牛であったそうだ。そこの娘は、(ある男と)仲睦まじくなり妊娠した。そして、りっぱな子が生まれたが、この子の背中に牛の角の形がはいっていたそうだ。親はそれをみて不思議に思っていると、この牛が言う事には、「この子の背中に牛の角の形が入っているのは、私が入れたんだ。私を殺して、多くの人に私の肉をあげて、それから、ホーグ、ホーグに骨を飾って、悪払いをしなさい。」と言われた。さっそくその牛を殺し、多くの人々に分けてあげてホーグ、ホーグに左縄を綯って、それに骨を下げて厄払いをする。それから各家庭それぞれ桶を持って牛の血をもらいに行く。これはホーギという木の葉につけて家に持って行き、軒先きに下げて、厄払いをしていた。また、私達が小さい頃、牛の血をホーギの葉につけてヤーヌクビにさした事を、まだまだ覚えています。ですからカンカーは、長浜では八月の月の初め頃、牛を殺し、各家庭に分けてあげました。今ではもうなくなっているけど私達が小さい頃まで、私達も桶を持って牛の血をもらいに行った事がありました。カンカーの始まりは、久良波首里殿内から始まったとのことです。
全体の記録時間数 3:41
物語の時間数 3:41
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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