天人女房(方言)

概要

羽衣は、宜野湾の奥間という人が住んでいたが相手にする人もいなくて、村はずれに屋取していた。畑からの帰り川で手足を洗っていたら、天から羽衣(を着て降りて来た)女の人が、水浴びしているのに出合った。男は家に持って帰り、ムチナガに隠した。それで、もう女の人は着て飛んで行く衣装が無くて、局部だけを(手で)隠して心配していた。そこで自分の家に連れて行き、女を泊めて、オツルとマモルが生まれた。子守り歌が、「泣くなよしよし、泣くなよしよし、アンマー飛衣ムチマタ、ヤチマタのにじかわじかの下にある、泣くな」と歌った。それを聞いた母親は、急いで、父親が畑から来ないうちに、そのムチナガという所に行き、衣装を取って着た。そしてさようならと言って、涙を流して、さようならを告げて飛び去った。その後、オツルは按司の嫁になり、マモルは毎日魚釣りをした。その人の釣針は曲がってなく、まっすぐな物であったが、魚はよく釣れたそうだ。それから、勝連の按司のお姫様は、按司たちから結婚をこいに来るようだが断わっていた。そこでマモルは、「勝連のお姫様は、按司達を嫌っているようだから、私が近づいて行って、妻にしよう」と考えた。そして、勝連の御城に行った。御城ではマモルをみて、門番の頭が、こらしめようとした。それから、お姫様は、その話を聞いて、私をあの人に嫁がせて下さいと言ったが何てバカなことをとどなられ、煙草盆を投げられた。そして嫁にいきたければこの子一人は産まなかったと思えばいいから、連れて行きなさいと。マモルは「いやそうではありません。立身することですから日を延ばしてくださいと言った。頭が立身することだから、御婚礼は少し延ばしても良いじゃないですかと言った。婚礼の日、山海の御馳走といって、海と山でとれる物で御馳走を作って出した。マモルの家は、どれもこれもすべての道具が小判で造ってあった。姫が「あなたの家は、何を見てもすべてが小判です。」と。マモルは私が見ると、焼物にしか思えないが、お前がみると、みんな小判に見えるのか。」「はい、小判で造られています。」「そうなら、私が魚を釣る場所は、この小判がたくさんあるが、一緒に行って見せてあげよう。」と共に行った。そこには、その川の中には、小判がたくさんあった。守は夢が実り、国主になれると喜んだ。その頃沖縄は鉄はなかった。また、支那は小判が、黄金がなかったので、沖縄の小判と支那の鉄とを交換し、鍛冶屋をした。(守は)鍬やへラを造り、人民に配り使わせた。伊波王に嫡子ができなかったので、次の王位は誰に与えられるだろうかと言うと、「物を与えられる方が、我らの御主だ」と。それで、あの察度王になられた。伊波王は、奥間鍛冶屋というのは、奥間と言う人が、自分で鍛冶屋をなさったからその名が付いた。要するに、尚巴志王と察度王は、臣下から王になられたとの話です。

再生時間:8:28

民話詳細DATA

レコード番号 47O370235
CD番号 47O37C010
決定題名 天人女房(方言)
話者がつけた題名 羽衣の話
話者名 金城太郎
話者名かな きんじょうたろう
生年月日 18860920
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19750723
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村長浜T02A07
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 羽衣,宜野湾,奥間,川,天,羽衣,女の人,水浴び,ムチナガ,オツル,マモル,子守り歌,オツルは按司の嫁,マモルは魚釣り,勝連の按司のお姫様,小判,鍛冶屋,鍬やへラ,伊波王,察度王,奥間鍛冶屋,尚巴志王
梗概(こうがい) 羽衣は、宜野湾の奥間という人が住んでいたが相手にする人もいなくて、村はずれに屋取していた。畑からの帰り川で手足を洗っていたら、天から羽衣(を着て降りて来た)女の人が、水浴びしているのに出合った。男は家に持って帰り、ムチナガに隠した。それで、もう女の人は着て飛んで行く衣装が無くて、局部だけを(手で)隠して心配していた。そこで自分の家に連れて行き、女を泊めて、オツルとマモルが生まれた。子守り歌が、「泣くなよしよし、泣くなよしよし、アンマー飛衣ムチマタ、ヤチマタのにじかわじかの下にある、泣くな」と歌った。それを聞いた母親は、急いで、父親が畑から来ないうちに、そのムチナガという所に行き、衣装を取って着た。そしてさようならと言って、涙を流して、さようならを告げて飛び去った。その後、オツルは按司の嫁になり、マモルは毎日魚釣りをした。その人の釣針は曲がってなく、まっすぐな物であったが、魚はよく釣れたそうだ。それから、勝連の按司のお姫様は、按司たちから結婚をこいに来るようだが断わっていた。そこでマモルは、「勝連のお姫様は、按司達を嫌っているようだから、私が近づいて行って、妻にしよう」と考えた。そして、勝連の御城に行った。御城ではマモルをみて、門番の頭が、こらしめようとした。それから、お姫様は、その話を聞いて、私をあの人に嫁がせて下さいと言ったが何てバカなことをとどなられ、煙草盆を投げられた。そして嫁にいきたければこの子一人は産まなかったと思えばいいから、連れて行きなさいと。マモルは「いやそうではありません。立身することですから日を延ばしてくださいと言った。頭が立身することだから、御婚礼は少し延ばしても良いじゃないですかと言った。婚礼の日、山海の御馳走といって、海と山でとれる物で御馳走を作って出した。マモルの家は、どれもこれもすべての道具が小判で造ってあった。姫が「あなたの家は、何を見てもすべてが小判です。」と。マモルは私が見ると、焼物にしか思えないが、お前がみると、みんな小判に見えるのか。」「はい、小判で造られています。」「そうなら、私が魚を釣る場所は、この小判がたくさんあるが、一緒に行って見せてあげよう。」と共に行った。そこには、その川の中には、小判がたくさんあった。守は夢が実り、国主になれると喜んだ。その頃沖縄は鉄はなかった。また、支那は小判が、黄金がなかったので、沖縄の小判と支那の鉄とを交換し、鍛冶屋をした。(守は)鍬やへラを造り、人民に配り使わせた。伊波王に嫡子ができなかったので、次の王位は誰に与えられるだろうかと言うと、「物を与えられる方が、我らの御主だ」と。それで、あの察度王になられた。伊波王は、奥間鍛冶屋というのは、奥間と言う人が、自分で鍛冶屋をなさったからその名が付いた。要するに、尚巴志王と察度王は、臣下から王になられたとの話です。
全体の記録時間数 8:28
物語の時間数 8:28
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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