継子話 竹の子 双葉草(方言)

概要

継親が生んだ子、三郎が病気になったので、「もうこの子が死んでしまったら、その後の私は継子の世話にならなければならない。」と思い、この継親はいじわるを思いつき、松に竹の子を取りに行かせたようだ。「三郎の病気は竹の子を取って来て煎じて、飲ませば治る。」ということでね。しかし、竹の子が出るのは六月だから、こんなに寒い雪の降る季節には竹の子は出ないし。それでも、「どこへ行ってでも探してきなさい。ある所で探して来なさい。」と継親に言われた。それで、仕方なく山に行ったり、畑に出かけたりして探しに行っても、それは時期はずれなので、竹の子は見当らなかった。それで、(継子の松は)「どうして、私という人間はこうも苦しめられるのだろう。」と嘆き、しばらく泣いていると、涙が落ちた所から、あの竹の子が突き出てきた。「どうも有難うございます。」と(喜んで竹の子を)折って行って継親に上げると、「珍しいこともあるもんだね。今どきこんなに竹の子が出るということがあるのだろうか。」と不思議に思った。「ようし!ねえ松、また今度は竹の子と二葉草を混ぜ合わせて煎じ三郎に食べさせなければいけないので、その二葉草をまた取って来なさい。」といった。「二葉草というのがあるのですか。」と聞くと、「あるからそう言ってるんじゃないか。」と、継母は言った。それから、松はまた二葉草を取りに出かけた。「畑にあるのか、山にあるのか、また断崖にあるのかな。」と迷いながら取りに行った。その間に、務め人の父親が仕事から帰って、「松はどこに行ったのか、こんな寒い雪の降る時にどこへ行っているのだ。」と聞いた。(継母が)「用事に行かした。」「ああ、そうか。」と。(継母は)二葉草を取りに行かせたとは言わずに、用事にと言った。そして、松は船が出る断崖に立って、〈わかるでしょう、断崖という所を〉あちこち眺め探していると、実親(が教えたような気がした。)しかし、舟乗りタルガニーが舟を漕いで港に入っていたようだ。「もしもし その舟のお方 二葉草とは何のことでしょう。」「それも知らぬか童 松の葉のことよ。」と歌ったそうだ。松の実の親は、後生に行っていた筈だが…。(死んだお母さんが教えたのだろうか。)「もしもし その舟のお方 二葉草とは何でしょうか。」「それも知らぬか童
松の葉のことよ。」とタルガニー主は言った。そして、松の小枝を持って帰ると、父親が、「どうして松、お前は、これをどういうわけで取ってきたのか。」と聞いた。「はい、お母さんが三郎の薬になる二葉草を探してきなさいといわれた。それを知らない私は、断崖や山野をずいぶん探したが、断崖に立っていると、そこに舟が入って来て、その船頭主が私に二葉草を教えてくれた。」「さてさてお前は、このような子どもに二葉草を取りに行かせたそうだが、君は誰から二葉草のことを習ったのか。」と夫は妻を叱った。また、「お前は、この松を殺そうと考えているな、そうならお前は出て行け!もう私達、三郎と松と三人で暮らしてよいから出て行け。」と言った。それから、また三郎は自分の親は見捨てず、「いや私はお母さんと一緒に行く。」と言った。そして出て行ったのだが、その後食べる物はなくなり、やつれて乞食になって歩き廻ったようだ。それから、松は散歩に出かけた。町へ散歩に行くと、そこで継親にばったり出会ったようだ。「私達の元のお母さんではありませんか。」と松が聞いた。また三郎も、「お兄さん。」と呼ぶと、「ねえ、君がそんなふうにしてやつれて乞食になって歩いていると、私の身分が疑われるから、できることなら一緒に家に帰って、和睦に暮らしてほしい。」と言うと、「いや!行かない。」とこの継親は言った。「いいえ、必ず帰って下さい。」と。そして、三郎の手を引っぱって行こうとしたら、この継親も一人暮らしはできないため、一緒に連れて行ってもらった。そして、話し合いで和解し、家庭は栄えたという話である。

再生時間:5:41

民話詳細DATA

レコード番号 47O370231
CD番号 47O37C010
決定題名 継子話 竹の子 双葉草(方言)
話者がつけた題名 継子話
話者名 金城太郎
話者名かな きんじょうたろう
生年月日 18860920
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19750723
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村長浜T02A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 継親,三郎,継子,竹の子,雪の降る季節,涙が落ちた所,双葉草,実親,舟乗りタルガニー,松の葉,乞食
梗概(こうがい) 継親が生んだ子、三郎が病気になったので、「もうこの子が死んでしまったら、その後の私は継子の世話にならなければならない。」と思い、この継親はいじわるを思いつき、松に竹の子を取りに行かせたようだ。「三郎の病気は竹の子を取って来て煎じて、飲ませば治る。」ということでね。しかし、竹の子が出るのは六月だから、こんなに寒い雪の降る季節には竹の子は出ないし。それでも、「どこへ行ってでも探してきなさい。ある所で探して来なさい。」と継親に言われた。それで、仕方なく山に行ったり、畑に出かけたりして探しに行っても、それは時期はずれなので、竹の子は見当らなかった。それで、(継子の松は)「どうして、私という人間はこうも苦しめられるのだろう。」と嘆き、しばらく泣いていると、涙が落ちた所から、あの竹の子が突き出てきた。「どうも有難うございます。」と(喜んで竹の子を)折って行って継親に上げると、「珍しいこともあるもんだね。今どきこんなに竹の子が出るということがあるのだろうか。」と不思議に思った。「ようし!ねえ松、また今度は竹の子と二葉草を混ぜ合わせて煎じ三郎に食べさせなければいけないので、その二葉草をまた取って来なさい。」といった。「二葉草というのがあるのですか。」と聞くと、「あるからそう言ってるんじゃないか。」と、継母は言った。それから、松はまた二葉草を取りに出かけた。「畑にあるのか、山にあるのか、また断崖にあるのかな。」と迷いながら取りに行った。その間に、務め人の父親が仕事から帰って、「松はどこに行ったのか、こんな寒い雪の降る時にどこへ行っているのだ。」と聞いた。(継母が)「用事に行かした。」「ああ、そうか。」と。(継母は)二葉草を取りに行かせたとは言わずに、用事にと言った。そして、松は船が出る断崖に立って、〈わかるでしょう、断崖という所を〉あちこち眺め探していると、実親(が教えたような気がした。)しかし、舟乗りタルガニーが舟を漕いで港に入っていたようだ。「もしもし その舟のお方 二葉草とは何のことでしょう。」「それも知らぬか童 松の葉のことよ。」と歌ったそうだ。松の実の親は、後生に行っていた筈だが…。(死んだお母さんが教えたのだろうか。)「もしもし その舟のお方 二葉草とは何でしょうか。」「それも知らぬか童 松の葉のことよ。」とタルガニー主は言った。そして、松の小枝を持って帰ると、父親が、「どうして松、お前は、これをどういうわけで取ってきたのか。」と聞いた。「はい、お母さんが三郎の薬になる二葉草を探してきなさいといわれた。それを知らない私は、断崖や山野をずいぶん探したが、断崖に立っていると、そこに舟が入って来て、その船頭主が私に二葉草を教えてくれた。」「さてさてお前は、このような子どもに二葉草を取りに行かせたそうだが、君は誰から二葉草のことを習ったのか。」と夫は妻を叱った。また、「お前は、この松を殺そうと考えているな、そうならお前は出て行け!もう私達、三郎と松と三人で暮らしてよいから出て行け。」と言った。それから、また三郎は自分の親は見捨てず、「いや私はお母さんと一緒に行く。」と言った。そして出て行ったのだが、その後食べる物はなくなり、やつれて乞食になって歩き廻ったようだ。それから、松は散歩に出かけた。町へ散歩に行くと、そこで継親にばったり出会ったようだ。「私達の元のお母さんではありませんか。」と松が聞いた。また三郎も、「お兄さん。」と呼ぶと、「ねえ、君がそんなふうにしてやつれて乞食になって歩いていると、私の身分が疑われるから、できることなら一緒に家に帰って、和睦に暮らしてほしい。」と言うと、「いや!行かない。」とこの継親は言った。「いいえ、必ず帰って下さい。」と。そして、三郎の手を引っぱって行こうとしたら、この継親も一人暮らしはできないため、一緒に連れて行ってもらった。そして、話し合いで和解し、家庭は栄えたという話である。
全体の記録時間数 5:41
物語の時間数 5:41
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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