悪金持の話(方言)

概要

悪をして金持ちになったので、そこの親の資産を見て、「お前らは悪い金持ちなんだ。お前が口答えをしてはならん。」と、いつどこででも、その人は、このようにしてばかにされていたようだ。「悪い金持ちだ」と言ってね。そして、「珍しいことだ、皆が悪い金持ちと言うが、私の親祖先はどのようにして、悪い金持ち、金持ちになったのかなあ。」と思った。親は商いをしていたので、その者は、秤の皿のなかに鉛を入れた。自分が買う時は錘の中に鉛を入れたら、錘は重くなってまた、品物は上がる。また、売る時は、自分の品物に鉛を入れて品物と一緒に計っていた。また、升の中で底を上下に動くようにして、売る時は底を上げ、買う時は下げていた。「なるほど、このようにして金持ちになったんだなあ。」と、親祖先が使っていた道具を細かく調べてみたのでわかった。その後、世の中がすごい飢饉になり、餓死、餓死も世に現われ、人民の食べるものはなくなった。その金持ちは貧しい人々に配り食べさせ、自分は、やせ細り、大皿を、八斤もある大皿を笠のかわりにかぶり歩いた。乞食になって物乞いをして歩いた。その人は歩き廻っているうちにやせ細り、途中で死んでしまったようだ。ここの人民、人々の通る所で。昔、大湾の比謝橋の所に按司墓があった。もう、そんな所の木の下で死んでいたようだ。そして、人々がその死人を前にしてかわいそうに思っていると、三世相が通ったようだ。その三世相が、「どうしたんだ、あなた達は、この人をそんなにかわいそうな目つきで、私は不思議に思うのだがこのように前にしているのか。」と言った。「この人が、ひどい餓死、飢饉の世に人々を助けられ、自分は、やせ細り、そして物乞いをして歩いていて疲れはて、このように亡くなってしまわれた。かわいそうな人です。」と言った。「ああそうか、これは人民を助けた人か。」と。“陰徳は益なし”と、ここに字を書いたら、その死人の手が曲がった。曲がったので、また埋めたようだ、墓には入れないで。埋めたので、犬が喰ってしまった、その手の曲がった死人を犬が喰ってしまった。また、皇帝様が、皇帝を受けた皇帝様の病気が、犬を食べると身体は丈夫になるというので、「ああそうか」と、その手の曲がった死人を喰った犬を殺して食べさせた。その皇帝様の腹に入り、そして、皇帝様はお産された。子は生まれたようだが、手の曲がった子が生まれて、人民は騒ぎ、「これは、皇帝様ともあろう人が、このように、手が曲がって生まれてしまった。」と言った。その時、そこから三世相が通ったようだ。「何が、どうしたんだ。ここはこんなに騒いで、人々が集まっていらっしゃるか。」と聞くと、「皇帝様がお生まれになったが、手が曲がって生まれ心配しています。」「ああ、そうですか。」と言った。「それでは、私が見て、何か意見してあげましょう。」と来て見たようだ。そして、見てみると「この人の道は私が、開いてあげよう。」と、「そうして開かなかった場合はどうするか。」「はい、私をあなたの、そちらのかってにして下さい。もう殺されようが、何をされようとかまいません。」と言った。「そうか」「それでは、開くことができた場合には、どうしてくれますか。」「その時は、お前はこの城の皇帝様の側近として、易者にする。」と言った。「わかりました。」と、そして契約を結んだ。“陰徳は益あり”と、ここに、岩に書いた。ここに書いてあるものとは同類で、三世相が書いてあるようだ。これは唐話です。あの方は、公儀の易者になったようだ。

再生時間:4:40

民話詳細DATA

レコード番号 47O370228
CD番号 47O37C010
決定題名 悪金持の話(方言)
話者がつけた題名 アクイェーキ
話者名 金城太郎
話者名かな きんじょうたろう
生年月日 18860920
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19750521
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村長浜T01B14
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 悪金持,飢饉,餓死,貧乏者,乞食,大湾,比謝矼,按司墓,三世相,陰徳は益なし,犬,皇帝,公事,易者
梗概(こうがい) 悪をして金持ちになったので、そこの親の資産を見て、「お前らは悪い金持ちなんだ。お前が口答えをしてはならん。」と、いつどこででも、その人は、このようにしてばかにされていたようだ。「悪い金持ちだ」と言ってね。そして、「珍しいことだ、皆が悪い金持ちと言うが、私の親祖先はどのようにして、悪い金持ち、金持ちになったのかなあ。」と思った。親は商いをしていたので、その者は、秤の皿のなかに鉛を入れた。自分が買う時は錘の中に鉛を入れたら、錘は重くなってまた、品物は上がる。また、売る時は、自分の品物に鉛を入れて品物と一緒に計っていた。また、升の中で底を上下に動くようにして、売る時は底を上げ、買う時は下げていた。「なるほど、このようにして金持ちになったんだなあ。」と、親祖先が使っていた道具を細かく調べてみたのでわかった。その後、世の中がすごい飢饉になり、餓死、餓死も世に現われ、人民の食べるものはなくなった。その金持ちは貧しい人々に配り食べさせ、自分は、やせ細り、大皿を、八斤もある大皿を笠のかわりにかぶり歩いた。乞食になって物乞いをして歩いた。その人は歩き廻っているうちにやせ細り、途中で死んでしまったようだ。ここの人民、人々の通る所で。昔、大湾の比謝橋の所に按司墓があった。もう、そんな所の木の下で死んでいたようだ。そして、人々がその死人を前にしてかわいそうに思っていると、三世相が通ったようだ。その三世相が、「どうしたんだ、あなた達は、この人をそんなにかわいそうな目つきで、私は不思議に思うのだがこのように前にしているのか。」と言った。「この人が、ひどい餓死、飢饉の世に人々を助けられ、自分は、やせ細り、そして物乞いをして歩いていて疲れはて、このように亡くなってしまわれた。かわいそうな人です。」と言った。「ああそうか、これは人民を助けた人か。」と。“陰徳は益なし”と、ここに字を書いたら、その死人の手が曲がった。曲がったので、また埋めたようだ、墓には入れないで。埋めたので、犬が喰ってしまった、その手の曲がった死人を犬が喰ってしまった。また、皇帝様が、皇帝を受けた皇帝様の病気が、犬を食べると身体は丈夫になるというので、「ああそうか」と、その手の曲がった死人を喰った犬を殺して食べさせた。その皇帝様の腹に入り、そして、皇帝様はお産された。子は生まれたようだが、手の曲がった子が生まれて、人民は騒ぎ、「これは、皇帝様ともあろう人が、このように、手が曲がって生まれてしまった。」と言った。その時、そこから三世相が通ったようだ。「何が、どうしたんだ。ここはこんなに騒いで、人々が集まっていらっしゃるか。」と聞くと、「皇帝様がお生まれになったが、手が曲がって生まれ心配しています。」「ああ、そうですか。」と言った。「それでは、私が見て、何か意見してあげましょう。」と来て見たようだ。そして、見てみると「この人の道は私が、開いてあげよう。」と、「そうして開かなかった場合はどうするか。」「はい、私をあなたの、そちらのかってにして下さい。もう殺されようが、何をされようとかまいません。」と言った。「そうか」「それでは、開くことができた場合には、どうしてくれますか。」「その時は、お前はこの城の皇帝様の側近として、易者にする。」と言った。「わかりました。」と、そして契約を結んだ。“陰徳は益あり”と、ここに、岩に書いた。ここに書いてあるものとは同類で、三世相が書いてあるようだ。これは唐話です。あの方は、公儀の易者になったようだ。
全体の記録時間数 4:40
物語の時間数 4:40
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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