ヤブ医者の話(方言)

概要

これは唐船が比屋根崎で遭難し、福建省の人、二人が死んで比屋根坂に葬られ碑文が立った。すると、伊波山城の子孫が唐人が黄金を持って埋められているということで、ある若い人がそれを掘り起こしに行くが、どんなことがあっても口を聞くなと言われた。そしたらその人の子孫は唖になった。それからある人は名護の屋部に着いたら、そこでヤブーになった。そのヤブーが大宜味高里に脈取りに行くと、正月の年の夜だというのにご馳走もなく火正月をしている貧しい家があった。そこには子供が風邪で寝ていて、ヤブーが脈を取ると脈がなく死んでいる、親の脈を取ると親も脈がない。そこでヤブーはここにいると私までも死んでしまうと、ここから七日以内に逃げることを告げる。七日経つと、ここにある山が全部崩れて埋められた。昔は二円しかお年玉はなかったがこれも唐人が始めた。それから政府のヤブーは脈上手だということで、王様の脈をとらそうと御城に呼ぶ。二階には上らずに猫に足をくびってその糸でもって脈を調べる。糸に脈を取らすと、当たると生かすが、当たらなければ殺そうとした。王様に猫の脈が立ちますよというと、王様はお前はよくぞ言った」と言った。これは私の脈ではない、猫の脈だ」と言う。公事の役人になり島尻に儲けに行くと、青年が三人いて、その中で一番年下に「あの人の所に行って、腹が痛い様子をしなさい」と言われ、そうするとヤブーは「どうしたのかか」と聞くと、この子供は腹が痛くてさっきから苦しんでいます」と言うと、「こいつはもう死んでいるから肩に担いで連れて行け」という。青年二人はヤブーに、「この人は大変有名な人だが、生きている人にも、死んでいるというのか」と言った。ところがその人は神様なので、子供をよく見ると死んでいた。

再生時間:7:23

民話詳細DATA

レコード番号 47O370226
CD番号 47O37C010
決定題名 ヤブ医者の話(方言)
話者がつけた題名 火正月の話
話者名 金城太郎
話者名かな きんじょうたろう
生年月日 18860920
性別
出身地 沖縄県読谷村長浜
記録日 19750521
記録者の所属組織 読谷村民話調査団
元テープ番号 読谷村長浜T01B12
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 80
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 唐船,比屋根崎,遭難,比屋根坂,福建省,伊波山城,唐人,黄金
梗概(こうがい) これは唐船が比屋根崎で遭難し、福建省の人、二人が死んで比屋根坂に葬られ碑文が立った。すると、伊波山城の子孫が唐人が黄金を持って埋められているということで、ある若い人がそれを掘り起こしに行くが、どんなことがあっても口を聞くなと言われた。そしたらその人の子孫は唖になった。それからある人は名護の屋部に着いたら、そこでヤブーになった。そのヤブーが大宜味高里に脈取りに行くと、正月の年の夜だというのにご馳走もなく火正月をしている貧しい家があった。そこには子供が風邪で寝ていて、ヤブーが脈を取ると脈がなく死んでいる、親の脈を取ると親も脈がない。そこでヤブーはここにいると私までも死んでしまうと、ここから七日以内に逃げることを告げる。七日経つと、ここにある山が全部崩れて埋められた。昔は二円しかお年玉はなかったがこれも唐人が始めた。それから政府のヤブーは脈上手だということで、王様の脈をとらそうと御城に呼ぶ。二階には上らずに猫に足をくびってその糸でもって脈を調べる。糸に脈を取らすと、当たると生かすが、当たらなければ殺そうとした。王様に猫の脈が立ちますよというと、王様はお前はよくぞ言った」と言った。これは私の脈ではない、猫の脈だ」と言う。公事の役人になり島尻に儲けに行くと、青年が三人いて、その中で一番年下に「あの人の所に行って、腹が痛い様子をしなさい」と言われ、そうするとヤブーは「どうしたのかか」と聞くと、この子供は腹が痛くてさっきから苦しんでいます」と言うと、「こいつはもう死んでいるから肩に担いで連れて行け」という。青年二人はヤブーに、「この人は大変有名な人だが、生きている人にも、死んでいるというのか」と言った。ところがその人は神様なので、子供をよく見ると死んでいた。
全体の記録時間数 7:23
物語の時間数 7:23
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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