
昔、ある所に、男親と男の子と二人暮らしの貧乏者の親子が居たらしい。木こりをして生計を立てていて、その男の子は何時もの通り、薪を取りに行くと、何時も薪を取る山奥の谷底で白髪のお年寄二人が碁を打っていた。碁を打っているのを見て、その男は碁の観戦に夢中になり、家に帰るのも忘れて熱中していた。するとニーフシ加那志という神様がそれに気づき、「おい、童、お前はいかにも碁に趣味があるようだが、食果報がない。」と言った。男は「ふーん、阿故、食果報がないと言われるのですか。」と聞いた。食果報がないと言って…。それから、その男の子は残念に思い、「私の生命がないのなら、私の親はどうして、これから暮らしていくのか、私一人しか子供はいないし、面倒を見る人が誰一人としていないというのに、どうすれば良いか。」と思い悩みながら、泣く泣く家へ帰っていった。親はそれを見て、「何故今日は、こんなに遅く、転んだのか、また山神に悪さされたのか。」「これは、転びもしなければ何もありません、実は理由があるのです。」「何んだ、どんな理由があるのか。」(と聞き)「私が何時も薪を取る所に、今日は白髪の老人二人が、碁を打っていらして、私が自然に碁に夢中になって見ていると、その中の一人の老人が私に向かい、お前は食果報がないとおっしゃられた。それで食果報がないのなら、あの世に行くことになるし、お父さんは一人で暮らさなければなりません。子供は私一人だけですし、どうしたらいいのかわからず心配して、泣いているのです。」「ええそうか、ではその方達が碁を打っていた場所は覚えているか。」「私が毎日、薪を取りに行っている所です。覚えています。」「では早く酒を持ってこい。」と言い、二人は酒を持ち、その場所へ行った。すると夢中になって碁を打っていたらしい。親が「もしもし。」と声をかけても、首をもたげることもなく、碁に打ち惚れている様子だった。酒を注いだ盃をかたわらに置いて差し上げたら、無意識に二人とも酒を飲まれたので、「それ今だ!」と叫んで、「もしもし。」、ようやくニヌファブシのさずかりであるミブシ加那志という神が首を上げて、「なんだ!」と言われた。「ええ、私達親子がこうして来ているのは、昨日この子供が薪を取りに来てお二人の碁を見ていると、食果報がないと言われたそうで、この子は残念に思って、泣き悲しみ帰ってきました。私はこの子一人しか産んでなく、子一人親一人の私達です。どうすればこの子を助けることが出来ますか。助ける方法があれば、お教え下さい、お助け下さい。」と頼んだ。すると、ウマヌファのフシ加那志という神が「人のおごりを食べたり、飲んだりしたことだし、助けてやろう。」ということになった。酒を飲んでしまったので、「お前はいくつになるか。」と男の子に尋ねると「十八になります。」「そうか。」」と言われて(十八の)上に八の字を書き足して、米の字、八十八になった。それから始まったんだ、そして歌は私が作ったものだ。「ニーヌファブシ(北極星)神様が助けてくれた 八十八のお祝いをしようよ 枡に米を盛って。」「トーカチを祝い 残った米は子や孫のものだ八十八の坂も軽々と登って また九十七のお祝いもしようよ。」
| レコード番号 | 47O370220 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C009 |
| 決定題名 | 米寿由来(方言) |
| 話者がつけた題名 | トーカチ由来 |
| 話者名 | 金城太郎 |
| 話者名かな | きんじょうたろう |
| 生年月日 | 18860920 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19750518 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T01B07 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 12,80 |
| 発句(ほっく) | んかしあるところに |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P77 |
| キーワード | 貧乏者の親子,山奥の谷底,白髪の年寄二人,碁,ニーフシ加那志,神様,食果報がない,酒,ウマヌファのフシ加那志,十八,八を書き足し,八十八 |
| 梗概(こうがい) | 昔、ある所に、男親と男の子と二人暮らしの貧乏者の親子が居たらしい。木こりをして生計を立てていて、その男の子は何時もの通り、薪を取りに行くと、何時も薪を取る山奥の谷底で白髪のお年寄二人が碁を打っていた。碁を打っているのを見て、その男は碁の観戦に夢中になり、家に帰るのも忘れて熱中していた。するとニーフシ加那志という神様がそれに気づき、「おい、童、お前はいかにも碁に趣味があるようだが、食果報がない。」と言った。男は「ふーん、阿故、食果報がないと言われるのですか。」と聞いた。食果報がないと言って…。それから、その男の子は残念に思い、「私の生命がないのなら、私の親はどうして、これから暮らしていくのか、私一人しか子供はいないし、面倒を見る人が誰一人としていないというのに、どうすれば良いか。」と思い悩みながら、泣く泣く家へ帰っていった。親はそれを見て、「何故今日は、こんなに遅く、転んだのか、また山神に悪さされたのか。」「これは、転びもしなければ何もありません、実は理由があるのです。」「何んだ、どんな理由があるのか。」(と聞き)「私が何時も薪を取る所に、今日は白髪の老人二人が、碁を打っていらして、私が自然に碁に夢中になって見ていると、その中の一人の老人が私に向かい、お前は食果報がないとおっしゃられた。それで食果報がないのなら、あの世に行くことになるし、お父さんは一人で暮らさなければなりません。子供は私一人だけですし、どうしたらいいのかわからず心配して、泣いているのです。」「ええそうか、ではその方達が碁を打っていた場所は覚えているか。」「私が毎日、薪を取りに行っている所です。覚えています。」「では早く酒を持ってこい。」と言い、二人は酒を持ち、その場所へ行った。すると夢中になって碁を打っていたらしい。親が「もしもし。」と声をかけても、首をもたげることもなく、碁に打ち惚れている様子だった。酒を注いだ盃をかたわらに置いて差し上げたら、無意識に二人とも酒を飲まれたので、「それ今だ!」と叫んで、「もしもし。」、ようやくニヌファブシのさずかりであるミブシ加那志という神が首を上げて、「なんだ!」と言われた。「ええ、私達親子がこうして来ているのは、昨日この子供が薪を取りに来てお二人の碁を見ていると、食果報がないと言われたそうで、この子は残念に思って、泣き悲しみ帰ってきました。私はこの子一人しか産んでなく、子一人親一人の私達です。どうすればこの子を助けることが出来ますか。助ける方法があれば、お教え下さい、お助け下さい。」と頼んだ。すると、ウマヌファのフシ加那志という神が「人のおごりを食べたり、飲んだりしたことだし、助けてやろう。」ということになった。酒を飲んでしまったので、「お前はいくつになるか。」と男の子に尋ねると「十八になります。」「そうか。」」と言われて(十八の)上に八の字を書き足して、米の字、八十八になった。それから始まったんだ、そして歌は私が作ったものだ。「ニーヌファブシ(北極星)神様が助けてくれた 八十八のお祝いをしようよ 枡に米を盛って。」「トーカチを祝い 残った米は子や孫のものだ八十八の坂も軽々と登って また九十七のお祝いもしようよ。」 |
| 全体の記録時間数 | 4:51 |
| 物語の時間数 | 4:51 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |