
長浜の始まりは、北山の按司で、次男にあたる金松という方が、ここにいらっしゃったことから始まる。その方が何故ここへいらっしゃったかと言うと、北山は戦乱の世で、戦にまき込まれて生命を落とすより、自分は南に下り生涯を過ごそうと思い、〈南の島といったらここ〉そうして、舟を盗んで、そのくり舟でここまでいらっしゃったらしい。そうして、残波岬(ざんぱみさき)にお着きになった。のどがかわき、水をほしがり、「水があれば生命も助かるが。」と願いをすると、岩の間から泉が湧(わ)き出てきた。これがウムイのカーと呼ばれている。「あー助かったと。」喜んだ。そうして、長浜の浜辺を見渡し、近くの村へ行ってそこで暮らそうということで、長浜の村に決めた。長浜の字名は、あの方がお付けになった。また、浜も長いし。それから、少しでも近い所に行こうということで、ソーチに行った。昔、ここはオオグムイと言っていたが。ソーチにあるガマに住んで、カニを食べたり、また山に行って果物などを取って食べたりして生活をしていた。それから、その方にはウトチルという妹がいて、女だてらに豪のもので気丈(きじょう)な方だったらしい。サバニも頭にのせて担いだそうだ。その妹が、兄は戦に追われて南の島に流れていったが、途中で遭難(そうなん)はなされなかったか、どこか陸に上ってはいらっしゃらないかと、心配して、はるばる遠い今帰仁から、浜づたいに捜しにいらした。与久田兼久という所にやってくると、そこはクージ浜といって砂がいっぱいあった。そこには人は誰もいないはずなのに、人の足跡らしいものがあった。「これは、人の気配はしないのに、足跡がある。もしや兄上様がこちらにいらっしゃるのでは。」と、進んで行った。そして、ソーチというガマに着いた。そこには、多勢の足あとが着いており、敵が来たのかとびっくりして、よくながめてみると、一人の足あとだが、そこを住まいにしているので、出たり入ったりした足あとであった。すると、そのウトチルの声を聞いて、また敵がやって来たかと用心して、ヤドカリのように、奥に入ってじっとしていた。「兄上様、私です。妹のウトチルですよ。」と中に呼びかけると、「えーウトチルって、どうして。」「兄上様は舟で出かけられて、途中で遭難はされてはいないか、またどこかに着きはしたかと、心配して、あなたを捜しにここまでやって来ました。」と言った。「すると戦はどうなっている。」とたずねると、「戦は今も盛んに行われています。」「んー、それではもはや帰れないし、私達二人はここで暮らそうではないか。」と言った。そして、ソーチのガマで暮らしていたが、「ここは少し狭いから、ここではだめだ。」と言った。〈そのガマは名まえを、生きたる地と言い、そこで生きのびることができたということで、今の人もそう呼んで拝んでいる。〉それから宇加地(うかじ)の上の方に丘があるが、〈丘というのは高さが高くていうが、山の高いのには岳(だけ)、少し低いのに丘と言っている。〉その丘に行って見た。「ここはすばらしいグシクだ。」とさけんだ。〈アンナーのグシクというのは、「はあ、これはすばらしいものだ。」と、りっぱなものには、そのようないわれがある。すばらしいグシクには、アンナーグシク。しかし今はただナーグシクといっている。〉そうして、さあここは(ソーチ)狭まいので、あの長い浜辺に移ろうということで、長浜にいらっしゃった。大殿内、前ぬ殿内、中ぬ殿内、ニガン、またタマイ、それからまた、新城という、六家から長浜は始まったらしい。そしてここに兄と妹のウトチルの二人の墓もある。今帰仁に向かって立っている。長浜はたいした村だよ。花織も長浜から始まったんだよ。
| レコード番号 | 47O370214 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C009 |
| 決定題名 | 長浜のはじまり(方言) |
| 話者がつけた題名 | 長浜のはじまり |
| 話者名 | 金城太郎 |
| 話者名かな | きんじょうたろう |
| 生年月日 | 18860920 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村長浜 |
| 記録日 | 19750518 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団 |
| 元テープ番号 | 読谷村長浜T01B01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集3長浜の民話 P187 |
| キーワード | 長浜の始まり,北山按司,次男金松,残波岬,ウムイのカー,ソーチ,オオグムイ,ウトチル,今帰仁,与久田兼久,クージ浜,アンナーグシク,ナーグシク,大殿内,前ぬ殿内,中ぬ殿内,ニガン,タマイ,新城 |
| 梗概(こうがい) | 長浜の始まりは、北山の按司で、次男にあたる金松という方が、ここにいらっしゃったことから始まる。その方が何故ここへいらっしゃったかと言うと、北山は戦乱の世で、戦にまき込まれて生命を落とすより、自分は南に下り生涯を過ごそうと思い、〈南の島といったらここ〉そうして、舟を盗んで、そのくり舟でここまでいらっしゃったらしい。そうして、残波岬(ざんぱみさき)にお着きになった。のどがかわき、水をほしがり、「水があれば生命も助かるが。」と願いをすると、岩の間から泉が湧(わ)き出てきた。これがウムイのカーと呼ばれている。「あー助かったと。」喜んだ。そうして、長浜の浜辺を見渡し、近くの村へ行ってそこで暮らそうということで、長浜の村に決めた。長浜の字名は、あの方がお付けになった。また、浜も長いし。それから、少しでも近い所に行こうということで、ソーチに行った。昔、ここはオオグムイと言っていたが。ソーチにあるガマに住んで、カニを食べたり、また山に行って果物などを取って食べたりして生活をしていた。それから、その方にはウトチルという妹がいて、女だてらに豪のもので気丈(きじょう)な方だったらしい。サバニも頭にのせて担いだそうだ。その妹が、兄は戦に追われて南の島に流れていったが、途中で遭難(そうなん)はなされなかったか、どこか陸に上ってはいらっしゃらないかと、心配して、はるばる遠い今帰仁から、浜づたいに捜しにいらした。与久田兼久という所にやってくると、そこはクージ浜といって砂がいっぱいあった。そこには人は誰もいないはずなのに、人の足跡らしいものがあった。「これは、人の気配はしないのに、足跡がある。もしや兄上様がこちらにいらっしゃるのでは。」と、進んで行った。そして、ソーチというガマに着いた。そこには、多勢の足あとが着いており、敵が来たのかとびっくりして、よくながめてみると、一人の足あとだが、そこを住まいにしているので、出たり入ったりした足あとであった。すると、そのウトチルの声を聞いて、また敵がやって来たかと用心して、ヤドカリのように、奥に入ってじっとしていた。「兄上様、私です。妹のウトチルですよ。」と中に呼びかけると、「えーウトチルって、どうして。」「兄上様は舟で出かけられて、途中で遭難はされてはいないか、またどこかに着きはしたかと、心配して、あなたを捜しにここまでやって来ました。」と言った。「すると戦はどうなっている。」とたずねると、「戦は今も盛んに行われています。」「んー、それではもはや帰れないし、私達二人はここで暮らそうではないか。」と言った。そして、ソーチのガマで暮らしていたが、「ここは少し狭いから、ここではだめだ。」と言った。〈そのガマは名まえを、生きたる地と言い、そこで生きのびることができたということで、今の人もそう呼んで拝んでいる。〉それから宇加地(うかじ)の上の方に丘があるが、〈丘というのは高さが高くていうが、山の高いのには岳(だけ)、少し低いのに丘と言っている。〉その丘に行って見た。「ここはすばらしいグシクだ。」とさけんだ。〈アンナーのグシクというのは、「はあ、これはすばらしいものだ。」と、りっぱなものには、そのようないわれがある。すばらしいグシクには、アンナーグシク。しかし今はただナーグシクといっている。〉そうして、さあここは(ソーチ)狭まいので、あの長い浜辺に移ろうということで、長浜にいらっしゃった。大殿内、前ぬ殿内、中ぬ殿内、ニガン、またタマイ、それからまた、新城という、六家から長浜は始まったらしい。そしてここに兄と妹のウトチルの二人の墓もある。今帰仁に向かって立っている。長浜はたいした村だよ。花織も長浜から始まったんだよ。 |
| 全体の記録時間数 | 5:20 |
| 物語の時間数 | 5:20 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ◎ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |