
廃藩の後の、喜名一門のことのようだね。喜名一門の元が、廃藩になった時のことである。首里から、喜名に越していらした。約二百年前に喜名に寄留していらっしゃった。その家族の娘がとても美人で、そしてその名前が、「翁長真鶴」と言い、翁長というのは姓で、真鶴は名前だが、翁長真鶴と言って美人がおりましてね。首里にいた頃から、首里でも美人だと評判になっていた。それで若い男の侍がよく馬でやって来て、この翁長真鶴を見たい、会いたいと、よく首里から喜名間切(部落)に通ったそうですが、なかなかその真鶴ーが、「自分は田舎者になってしまって、もう全然、そんな尊い偉い男の方には会いたくない。顔も美しくないし。そうだからと言って、今から首里に嫁ぐわけにもゆかないから、もう自分はこのままでいたい。」と言って逃げ隠れしていた。そして、何べんも何べんも通ったそうだが、その度に逃げ隠れしていたそうだ。逃げていた所は、二間ぐらい離れた家の後で、そこは、木も生えなければ、草も生えない所だった。それは、その人がシジダカサン(霊力がある)と方言では言うが、(共通語では)何と言いますかね。私は方言しか知らないけれども〉まあ尊い人と言いましょうか、気品の高い人ゆえに(真鶴の住む所には)草も生えなかったのではないかという話です。そしてその人(真鶴)は若い時に亡くなった。大勢の男たちが馬に乗って見に来たり、会いに来たりしたが、(真鶴は)逃げて姿を見せなかった。そして、そんな評判な美人だと沖縄中に伝わって、北谷モーシーは、「沖縄では、私一人が美人だと思うのだが?」と。それで、「私の他に、読谷山(ゆんたんじゃ)間切の喜名にも翁長真鶴という美人がいるというから、今度は、その人と美人勝負をしてみたい。」と思い、馬に乗って出かけた。そしたら、真鶴の母親が、「ほら真鶴ー、あなたと容姿の勝負をするために、北谷モーシーが来ているそうだからね。すぐ出て容姿の勝負をしておいで。」というと、更に母親が、「どうして、あなたは容姿もあるし、綺麗な着物を着けて行きなさい。」と言った。真鶴は、「いやだ。」と言った。それで、普段着の芭蕉の着物を着けて、髪も洗ったままで櫛も通さずにすぐ出たそうだ。すると、遠くから見た時は、「あああれか、翁長真鶴というのは。」と言って、この北谷モーシーも見つめていたそうだが、だんだん近くなるにつれ、やっぱり自分より上だということが分り、逆に十メートル近くまで来ると「私には勝つ自信がない。」と逃げたそうだ。だけど、あのモーシーは凄く着飾って美しい装(よそお)いで来ていた。それに真鶴は、「どうして、出て勝負しなさい。」と言われて、「何だありのままの容姿じゃないか。」と思い、普段着を着て髪も洗ったままで出て行くと、もう初めは、「あぁ、あれか、翁長真鶴ーというのは。」と言って見つめていたそうだが、だんだん近寄って見ると、「これは私には及ばない。」と言って、そこを後に逃げ去ったという話。歌には、「ウスク堂のウスクは、枝ぶりが美しい 翁長真鶴が涼む所である。
| レコード番号 | 47O370034 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C002 |
| 決定題名 | 翁長マジルの話(共通語混) |
| 話者がつけた題名 | 翁長マジル |
| 話者名 | 吉田ツル |
| 話者名かな | よしだつる |
| 生年月日 | 19051010 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県読谷村喜名 |
| 記録日 | 19761017 |
| 記録者の所属組織 | 読谷村民話調査団第三班 |
| 元テープ番号 | 読谷村喜名T02B01 |
| 元テープ管理者 | 読谷村立歴史民俗資料館 |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | 読谷村民話資料集2喜名の民話 P237 |
| キーワード | 喜名一門,翁長マジル,北谷モーシー,ウスクドー |
| 梗概(こうがい) | 廃藩の後の、喜名一門のことのようだね。喜名一門の元が、廃藩になった時のことである。首里から、喜名に越していらした。約二百年前に喜名に寄留していらっしゃった。その家族の娘がとても美人で、そしてその名前が、「翁長真鶴」と言い、翁長というのは姓で、真鶴は名前だが、翁長真鶴と言って美人がおりましてね。首里にいた頃から、首里でも美人だと評判になっていた。それで若い男の侍がよく馬でやって来て、この翁長真鶴を見たい、会いたいと、よく首里から喜名間切(部落)に通ったそうですが、なかなかその真鶴ーが、「自分は田舎者になってしまって、もう全然、そんな尊い偉い男の方には会いたくない。顔も美しくないし。そうだからと言って、今から首里に嫁ぐわけにもゆかないから、もう自分はこのままでいたい。」と言って逃げ隠れしていた。そして、何べんも何べんも通ったそうだが、その度に逃げ隠れしていたそうだ。逃げていた所は、二間ぐらい離れた家の後で、そこは、木も生えなければ、草も生えない所だった。それは、その人がシジダカサン(霊力がある)と方言では言うが、(共通語では)何と言いますかね。私は方言しか知らないけれども〉まあ尊い人と言いましょうか、気品の高い人ゆえに(真鶴の住む所には)草も生えなかったのではないかという話です。そしてその人(真鶴)は若い時に亡くなった。大勢の男たちが馬に乗って見に来たり、会いに来たりしたが、(真鶴は)逃げて姿を見せなかった。そして、そんな評判な美人だと沖縄中に伝わって、北谷モーシーは、「沖縄では、私一人が美人だと思うのだが?」と。それで、「私の他に、読谷山(ゆんたんじゃ)間切の喜名にも翁長真鶴という美人がいるというから、今度は、その人と美人勝負をしてみたい。」と思い、馬に乗って出かけた。そしたら、真鶴の母親が、「ほら真鶴ー、あなたと容姿の勝負をするために、北谷モーシーが来ているそうだからね。すぐ出て容姿の勝負をしておいで。」というと、更に母親が、「どうして、あなたは容姿もあるし、綺麗な着物を着けて行きなさい。」と言った。真鶴は、「いやだ。」と言った。それで、普段着の芭蕉の着物を着けて、髪も洗ったままで櫛も通さずにすぐ出たそうだ。すると、遠くから見た時は、「あああれか、翁長真鶴というのは。」と言って、この北谷モーシーも見つめていたそうだが、だんだん近くなるにつれ、やっぱり自分より上だということが分り、逆に十メートル近くまで来ると「私には勝つ自信がない。」と逃げたそうだ。だけど、あのモーシーは凄く着飾って美しい装(よそお)いで来ていた。それに真鶴は、「どうして、出て勝負しなさい。」と言われて、「何だありのままの容姿じゃないか。」と思い、普段着を着て髪も洗ったままで出て行くと、もう初めは、「あぁ、あれか、翁長真鶴ーというのは。」と言って見つめていたそうだが、だんだん近寄って見ると、「これは私には及ばない。」と言って、そこを後に逃げ去ったという話。歌には、「ウスク堂のウスクは、枝ぶりが美しい 翁長真鶴が涼む所である。 |
| 全体の記録時間数 | 1:56 |
| 物語の時間数 | 1:56 |
| 言語識別 | 混在 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |