死刑になった掟Ⅱ(方言)

概要

それから、もう一つの話は、母親と娘が一向宗の仏像を信じ、隠れかげんな場所に家はあって、ここの母親が他所の作物のすべてを荒して仕方がなかった。誰かが注意すると、その人は痛まされたそうだ。それで娘に、「あなたたちの親は、作物を荒し、また人を痛まして困る。」と言うと、「私達の親は、そんなことはしない。でも試してはみる。」と言った。ウーバーラ(芭蕉糸を入れる籠)といって昔はあったが、それに芭蕉の糸をつないで入れた。これは試してやろうとそれを家中に散乱させて、自分は天井にのぼり、親の心を見ようとしていた。すると母親が入って来るや否や、こんなことをした者は命はないと怒り、油鍋に入っていた肉を、裏返し、裏返しして焼いたそうだ。娘が「私がやったのよおかあさん。」と言うと、「もう一転がしでお前は死ぬところだったぞ。」ということだった。どんなに作物を荒しても、村人達が何か言うと、痛まされるので、今度は村中が集まって、この母娘の家を燃やして二人を焼き殺さなければ、この人に畑を荒されて大変だと、焼き殺すことを決め、二人を焼いてみると、この娘は力が強く、家の後方から飛び出して逃げてしまった。それで、この娘が密告したので、また同じ年に二人目の掟も(呼び出された。「私も村中の掟である以上、私の命はない筈だから、その後は拝んでくれ。」と頼みを残して向うに連れて行かれた。それはもう家に火をつけて母親を焼き殺してしまったので仕方がないが、この娘も一緒に焼き殺していれば何でもなかったのに。娘には逃げられ、母親だけを焼き殺してしまったので、この掟も向うでまた死刑になった。その後、浦添からここに来たが、「もうここに来ているので、拝みはしなくてもいいだろう。」と言うと、「そうはできない。」あとで何やかんや悪いことが起こるから。すると、私達の親が、「私が生きている間は拝みなさい。」と言うけど、私の子供達は沢岻の人ではなく、ここの人だから。私だけが沢岻の人で、沢岻の人が生きている間は是非拝みます。おばあさんが死んだので今は拝みませんが。本当に沢岻で生まれた人はどこへ行っても拝んでおります。そういうことで、「雌山羊しかあたらない」という言葉は(あるが、実際には)山羊と交尾する人はいない。つまり、皆な一致協力して部落をまとめなさい。そうすれば何でも出来るのだから。「友が山羊と交尾するなら、友達なみにやることだ。」と。この言葉は沖縄にありますよ。こういうことから出ている。考えてみるとそういうこともあったように思いますね。自分の親が元気だった頃までは御願もしたが…。私もあっち(沢岻)の生まれだが、あっちで生活してないので、自分の母親が長く続けていけないということで打ち切ってしまったね。以前からそうしているが(御願が)通っている。

再生時間:5:34

民話詳細DATA

レコード番号 47O370023
CD番号 47O37C001
決定題名 死刑になった掟Ⅱ(方言)
話者がつけた題名 死刑になった掟
話者名 比嘉正貞
話者名かな ひがせいてい
生年月日 19000925
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19761017
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第一班
元テープ番号 読谷村喜名T01B06
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 母親から聞いた
文字化資料 読谷村民話資料集2喜名の民話 P244
キーワード 一向宗ぬ仏ぐゎー,掟
梗概(こうがい) それから、もう一つの話は、母親と娘が一向宗の仏像を信じ、隠れかげんな場所に家はあって、ここの母親が他所の作物のすべてを荒して仕方がなかった。誰かが注意すると、その人は痛まされたそうだ。それで娘に、「あなたたちの親は、作物を荒し、また人を痛まして困る。」と言うと、「私達の親は、そんなことはしない。でも試してはみる。」と言った。ウーバーラ(芭蕉糸を入れる籠)といって昔はあったが、それに芭蕉の糸をつないで入れた。これは試してやろうとそれを家中に散乱させて、自分は天井にのぼり、親の心を見ようとしていた。すると母親が入って来るや否や、こんなことをした者は命はないと怒り、油鍋に入っていた肉を、裏返し、裏返しして焼いたそうだ。娘が「私がやったのよおかあさん。」と言うと、「もう一転がしでお前は死ぬところだったぞ。」ということだった。どんなに作物を荒しても、村人達が何か言うと、痛まされるので、今度は村中が集まって、この母娘の家を燃やして二人を焼き殺さなければ、この人に畑を荒されて大変だと、焼き殺すことを決め、二人を焼いてみると、この娘は力が強く、家の後方から飛び出して逃げてしまった。それで、この娘が密告したので、また同じ年に二人目の掟も(呼び出された。「私も村中の掟である以上、私の命はない筈だから、その後は拝んでくれ。」と頼みを残して向うに連れて行かれた。それはもう家に火をつけて母親を焼き殺してしまったので仕方がないが、この娘も一緒に焼き殺していれば何でもなかったのに。娘には逃げられ、母親だけを焼き殺してしまったので、この掟も向うでまた死刑になった。その後、浦添からここに来たが、「もうここに来ているので、拝みはしなくてもいいだろう。」と言うと、「そうはできない。」あとで何やかんや悪いことが起こるから。すると、私達の親が、「私が生きている間は拝みなさい。」と言うけど、私の子供達は沢岻の人ではなく、ここの人だから。私だけが沢岻の人で、沢岻の人が生きている間は是非拝みます。おばあさんが死んだので今は拝みませんが。本当に沢岻で生まれた人はどこへ行っても拝んでおります。そういうことで、「雌山羊しかあたらない」という言葉は(あるが、実際には)山羊と交尾する人はいない。つまり、皆な一致協力して部落をまとめなさい。そうすれば何でも出来るのだから。「友が山羊と交尾するなら、友達なみにやることだ。」と。この言葉は沖縄にありますよ。こういうことから出ている。考えてみるとそういうこともあったように思いますね。自分の親が元気だった頃までは御願もしたが…。私もあっち(沢岻)の生まれだが、あっちで生活してないので、自分の母親が長く続けていけないということで打ち切ってしまったね。以前からそうしているが(御願が)通っている。
全体の記録時間数 5:34
物語の時間数 5:34
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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