喜名番所と多幸山フェーレー(共通語)

概要

読谷の喜名に、番所があった。今から何年か前、番所は、一八二年くらい前ですが、その頃、国頭に通ずる街道はこの道を通って、山田、久良波へと国頭に連携していたわけですが。また道は今と比べても、とても悪い道で険しい所で、乗り物もない所を、こういう要所要所に番所がおかれて旅人を守っていたわけでありますが、この多幸山が大変険しい山で旅人が難渋する山道であった。そこに追いはぎ、沖縄の言葉ではフェーレーといっておりますが、そのフェーレーが時々出て、道行く人に危害を与えていた。それで旅人は、喜名の番所まで来たら安心はするけれども、泊まりたいけれども女の身で旅に泊るのも危いというので、今の、「喜名番所に泊(とう)まらなやー」という歌が出来たんではないかと思います。で、そういうような要所になっていた。次に、その多幸山には、今話すフェーレーが出ていたので、いまさき、比嘉さんが話されたフェーレーの話の退治というようなことも、まあ誰かからいつ聞いたか分りませんけれども、頭に残っているわけであります。まあ喜名にも、そういうような、いわゆる侍が、武士が力の強い人が生まれていたということでございます。

再生時間:2:47

民話詳細DATA

レコード番号 47O370004
CD番号 47O37C001
決定題名 喜名番所と多幸山フェーレー(共通語)
話者がつけた題名 喜名番所と多幸山フェーレー
話者名 喜友名正謹 
話者名かな きゅうなせいきん
生年月日 19070520
性別
出身地 沖縄県読谷村喜名
記録日 19761017
記録者の所属組織 読谷村民話調査団第一班
元テープ番号 読谷村喜名T01A03
元テープ管理者 読谷村立歴史民俗資料館
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 読谷村民話資料集2喜名の民話 P253
キーワード 喜名番所,多幸山フェーレー
梗概(こうがい) 読谷の喜名に、番所があった。今から何年か前、番所は、一八二年くらい前ですが、その頃、国頭に通ずる街道はこの道を通って、山田、久良波へと国頭に連携していたわけですが。また道は今と比べても、とても悪い道で険しい所で、乗り物もない所を、こういう要所要所に番所がおかれて旅人を守っていたわけでありますが、この多幸山が大変険しい山で旅人が難渋する山道であった。そこに追いはぎ、沖縄の言葉ではフェーレーといっておりますが、そのフェーレーが時々出て、道行く人に危害を与えていた。それで旅人は、喜名の番所まで来たら安心はするけれども、泊まりたいけれども女の身で旅に泊るのも危いというので、今の、「喜名番所に泊(とう)まらなやー」という歌が出来たんではないかと思います。で、そういうような要所になっていた。次に、その多幸山には、今話すフェーレーが出ていたので、いまさき、比嘉さんが話されたフェーレーの話の退治というようなことも、まあ誰かからいつ聞いたか分りませんけれども、頭に残っているわけであります。まあ喜名にも、そういうような、いわゆる侍が、武士が力の強い人が生まれていたということでございます。
全体の記録時間数 2:47
物語の時間数 2:47
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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