南風ウスメーと佐渡山殿内(共通語)

概要

佐渡山殿内といって、あそこは恩納で、恩納といえば佐渡山殿内。現在も恩納には佐渡山の子孫が残っているんですが、あの人の勝手であったそうですよ。あの人が唐の旅に、外国の旅に出る時には、費用はすべて恩納村が賄っていた。それに、あの人に子や孫が生まれた時も恩納村が子守りをしたり、いろいろな負担はすべて恩納村が持っていたそうだ。それで、この南風御主前(なんぷううすめー)というじいさんがですね、あの佐渡山のところへ奉公しに行ったんですよ。ところが、いろいろむこうで奉公し、奉公している時にですね、この御主前が佐渡山殿内に「殿内様、私が出世できるとしたら、どのくらい上がれますかね。」と、一度聞いたらしいですよ。そしたら、その佐渡山殿内がね「あのな当山、お前たちが出世できたところで、せいぜい地頭代ぐらいまでしか上がれない、それ以上は上がれないよ。」と、佐渡山殿内が言ったそうですよ。すると、「くそ、そのくらい出世するくらいなら盗人になって名を残した方がいい。」といってね、それで佐渡山殿内の掛図ですね、仏壇や床にある、あの掛図を盗んで家に帰って来たということですよ。なかなかの者で、そのくらいになるより盗人になって、名を残した方がいいということで、それで掛図を盗んで帰ってきたというんだ。

再生時間:1:31

民話詳細DATA

レコード番号 47O375827
CD番号 47O37C235
決定題名 南風ウスメーと佐渡山殿内(共通語)
話者がつけた題名 南風ウスメーの話
話者名 大城健繁
話者名かな おおしろけんぱん
生年月日 18970929
性別
出身地 沖縄県恩納村瀬良垣
記録日 19760226
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 恩納村T26B03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 13
発句(ほっく)
伝承事情 祖父母、両親が昔話の良い語り手であった。
文字化資料 『恩納村の民話・伝説編』P166
キーワード 佐渡山殿内,恩納,唐の旅,南風御主前,奉公し,掛図
梗概(こうがい) 佐渡山殿内といって、あそこは恩納で、恩納といえば佐渡山殿内。現在も恩納には佐渡山の子孫が残っているんですが、あの人の勝手であったそうですよ。あの人が唐の旅に、外国の旅に出る時には、費用はすべて恩納村が賄っていた。それに、あの人に子や孫が生まれた時も恩納村が子守りをしたり、いろいろな負担はすべて恩納村が持っていたそうだ。それで、この南風御主前(なんぷううすめー)というじいさんがですね、あの佐渡山のところへ奉公しに行ったんですよ。ところが、いろいろむこうで奉公し、奉公している時にですね、この御主前が佐渡山殿内に「殿内様、私が出世できるとしたら、どのくらい上がれますかね。」と、一度聞いたらしいですよ。そしたら、その佐渡山殿内がね「あのな当山、お前たちが出世できたところで、せいぜい地頭代ぐらいまでしか上がれない、それ以上は上がれないよ。」と、佐渡山殿内が言ったそうですよ。すると、「くそ、そのくらい出世するくらいなら盗人になって名を残した方がいい。」といってね、それで佐渡山殿内の掛図ですね、仏壇や床にある、あの掛図を盗んで家に帰って来たということですよ。なかなかの者で、そのくらいになるより盗人になって、名を残した方がいいということで、それで掛図を盗んで帰ってきたというんだ。
全体の記録時間数 1:31
物語の時間数 1:31
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP