
名護の親方と具志頭の親方とですね、支那ですよ、福建ですね、福建。向こうに唐旅に行った時にですね。唐旅にはこの山田という人はですよ、具志頭と名護との師匠は山田と言いよったって、それでこの人はですよ、なんか罪をくって支那に島流しされたそうです。それで具志頭蔡温と名護ぬ親方はですね、師匠をむこうに島流しして苦しめる訳にはいかないんだから二人で呼びよせよう、師匠を呼びよせようと言った。そして、二人協議して呼びよせる事になったそうですよ。それで、波之上(なんみん)臨海寺ですね、あそこの看板ですよ、寺といって書かれた看板。あれを具志頭蔡温と名護ぬ親方、取って捨てたです、遠くに。それもわからないように捨ててですね。御主加那志ですよ、むこうに行ってですね、「ああ、波之上の鳥居の看板は失くなっているんですが、これはどうにか、掲げないといかんがどうしましょうか。」と御主加那志に言った。それから御主加那志は、「これは失くなっているが、これを書くのは誰が書くか。」と、すると、具志頭蔡温と名護の親方はですね、「これは誰がもできません、山田親方以外その字を書く人はありません。」、それで、「そんならあの人は船流しされとるがあの人を呼びよせる方法はないか。」と御主加那志が言うたそうです。「ああ、大丈夫我等が呼びよせますよ。」それでですね、師匠はここがいいでしょう、頭が。だから具志頭蔡温と名護ぬ親方はですね、あなたを呼ぶようになっているからいつごろ来ますかと言って、師匠に手紙を送ったそうですよ。「来る事は来るがあなた方二人でですね、差し傘と草履をもって迎えなければ私は来ませんよ。」と言う。師匠はやっぱりここ(頭)は偉いでしょう。草履を持つ傘を持つというのはやっぱり下級の人でしょう、教え子だろう。だからあれは罪にあてられていたんですよ、罪人(とがにん)というて教え子に馬鹿にされてはいけないと言うて、山田という人が書くわけ。「草履と傘を持たんでから私は渡りませんよというた。」、さあ、大丈夫、草履も傘も持ってお迎えしますよというてですね、お迎えして臨海寺の看板は書かしたそうですよ。それでやっぱり、まあ人というものは頭が良いという、ここでやっぱり山田親方はあの看板を書いたそうですよ。
| レコード番号 | 47O375814 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C234 |
| 決定題名 | 名護親方と具志頭規方 山田師匠(共通語) |
| 話者がつけた題名 | 名護親方と具志頭規方 |
| 話者名 | 大城健繁 |
| 話者名かな | おおしろけんぱん |
| 生年月日 | 18970929 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県恩納村瀬良垣 |
| 記録日 | 19760226 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 恩納村T26A11 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 祖父母、両親が昔話の良い語り手であった。 |
| 文字化資料 | 『恩納村の民話・伝説編』P144 |
| キーワード | 名護の親方,具志頭の親方,福建ですね、福建,唐旅,山田,支那に島流し,具志頭蔡温,波之上臨海寺,居の看板,草履,傘 |
| 梗概(こうがい) | 名護の親方と具志頭の親方とですね、支那ですよ、福建ですね、福建。向こうに唐旅に行った時にですね。唐旅にはこの山田という人はですよ、具志頭と名護との師匠は山田と言いよったって、それでこの人はですよ、なんか罪をくって支那に島流しされたそうです。それで具志頭蔡温と名護ぬ親方はですね、師匠をむこうに島流しして苦しめる訳にはいかないんだから二人で呼びよせよう、師匠を呼びよせようと言った。そして、二人協議して呼びよせる事になったそうですよ。それで、波之上(なんみん)臨海寺ですね、あそこの看板ですよ、寺といって書かれた看板。あれを具志頭蔡温と名護ぬ親方、取って捨てたです、遠くに。それもわからないように捨ててですね。御主加那志ですよ、むこうに行ってですね、「ああ、波之上の鳥居の看板は失くなっているんですが、これはどうにか、掲げないといかんがどうしましょうか。」と御主加那志に言った。それから御主加那志は、「これは失くなっているが、これを書くのは誰が書くか。」と、すると、具志頭蔡温と名護の親方はですね、「これは誰がもできません、山田親方以外その字を書く人はありません。」、それで、「そんならあの人は船流しされとるがあの人を呼びよせる方法はないか。」と御主加那志が言うたそうです。「ああ、大丈夫我等が呼びよせますよ。」それでですね、師匠はここがいいでしょう、頭が。だから具志頭蔡温と名護ぬ親方はですね、あなたを呼ぶようになっているからいつごろ来ますかと言って、師匠に手紙を送ったそうですよ。「来る事は来るがあなた方二人でですね、差し傘と草履をもって迎えなければ私は来ませんよ。」と言う。師匠はやっぱりここ(頭)は偉いでしょう。草履を持つ傘を持つというのはやっぱり下級の人でしょう、教え子だろう。だからあれは罪にあてられていたんですよ、罪人(とがにん)というて教え子に馬鹿にされてはいけないと言うて、山田という人が書くわけ。「草履と傘を持たんでから私は渡りませんよというた。」、さあ、大丈夫、草履も傘も持ってお迎えしますよというてですね、お迎えして臨海寺の看板は書かしたそうですよ。それでやっぱり、まあ人というものは頭が良いという、ここでやっぱり山田親方はあの看板を書いたそうですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 2:54 |
| 物語の時間数 | 2:54 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |