位牌の由来(シマグチ)

概要

これはね、話の前にはどんな人でも昔という言葉で始めるが、これもまた、昔の出来事。これは、継子(ままこ)と継親(ままおや)がいっしょに住んでいたそうだ。でもやっぱり、親は継親でしょう、また、子どもも継子なので、毎日、家庭円満はなかったんでしょう。実子ではないし、継子だから。それで、ある日ね、親子、継親と継子二人とも、山へ薪を取りに出たらしい。薪を取りに行ってねこの親は、女親は、たくさん薪を取ったので、持ちきれなかったそうだ。それで、継子に「もう私は、こんなにも薪を取ったので、私は背負うことはできないから、お前、持ってくれないか。」と言った。すると、その継子が「ああ大変!私は自分の物だけしか持てません。」と言って、親のものはほっといて、持たなかったそうだ。それで、親は怒ってしまって、薪も持たずに自分一人で、家に帰ってしまったらしい。親が帰ったあと、この子供は自分の拾った薪を背負って家へ帰っていったらしい。家へ着くと、親はいなかったらしいんだな。「あれっ珍しい、私の親はどこへ行ったのかな。」と言って、捜したらしいが、いなかったそうだ。「ああ、もうこれはもう、このようなことになって、もしかしたら、身投げしに行ってないかなあ。」と、その時に感じてね。そして、隣近所にね、隣近所の人に聞いたらよ、「私の親は山から帰って来なかったか。」と尋ねたらね、「帰って来ていたようだが、何か、あの川の方へ行ったようだよ。」と言ったらしい。それから、川というより池だよ、池、川というより池にね、池、「そこへ行ったようだよ。」と隣近所の人が言ったので、「もしかしたら、山であのようにして、私が薪を持ちたがらなかったので、それで怒ってしまって、これは、私の親は身投げしているのではないか。」と感じて、その子どもは池のそばに行ったらしい。池のそばへ行くと、死体が見つからないので、「これは確かに、私の親は池の底へ沈んでいるのではないか。」と思って、それで捜したが見つけることは出来なかったそうだよ。そうするうちに、その池からね、板がね、流れて来たのでよ、板が流れて来たので、「もう私の親は確かに、ここで死んでいるはずだが。」と思ったが、死体は捜すことはできなかったんだな。それで、「せめて板でも持って行って、親代りにまつらなければいけない。」といって、その板を持ち帰って自分の親代りとして仏壇にまつったそうだ。それから、人が死ぬと、やっぱり、位牌(いはい)というものをつくるようになったらしい。位牌をつくって、仏壇に飾るでしょう。それは、このような意味から、人が死ぬと位牌をつくって、苗字を書いて、仏壇に祭って、死体代りに拝むという話だよ。これは、継子と継親から出た話。

再生時間:3:17

民話詳細DATA

レコード番号 47O375290
CD番号 47O37C213
決定題名 位牌の由来(シマグチ)
話者がつけた題名 位牌の始まり
話者名 石川元助
話者名かな いしかわげんすけ
生年月日 19130707
性別
出身地 沖縄県恩納村谷茶
記録日 19760223
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 恩納村T11A04
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 12
発句(ほっく)
伝承事情 父親が谷茶大工といわれるほどの優れた大工で、少年期から青年期にかけて父親からよく話を聞かされた。また友人間からの話も多い。
文字化資料 『恩納村の民話 伝説編』P61
キーワード 継子,継親,山へ薪取り,池,板,位牌
梗概(こうがい) これはね、話の前にはどんな人でも昔という言葉で始めるが、これもまた、昔の出来事。これは、継子(ままこ)と継親(ままおや)がいっしょに住んでいたそうだ。でもやっぱり、親は継親でしょう、また、子どもも継子なので、毎日、家庭円満はなかったんでしょう。実子ではないし、継子だから。それで、ある日ね、親子、継親と継子二人とも、山へ薪を取りに出たらしい。薪を取りに行ってねこの親は、女親は、たくさん薪を取ったので、持ちきれなかったそうだ。それで、継子に「もう私は、こんなにも薪を取ったので、私は背負うことはできないから、お前、持ってくれないか。」と言った。すると、その継子が「ああ大変!私は自分の物だけしか持てません。」と言って、親のものはほっといて、持たなかったそうだ。それで、親は怒ってしまって、薪も持たずに自分一人で、家に帰ってしまったらしい。親が帰ったあと、この子供は自分の拾った薪を背負って家へ帰っていったらしい。家へ着くと、親はいなかったらしいんだな。「あれっ珍しい、私の親はどこへ行ったのかな。」と言って、捜したらしいが、いなかったそうだ。「ああ、もうこれはもう、このようなことになって、もしかしたら、身投げしに行ってないかなあ。」と、その時に感じてね。そして、隣近所にね、隣近所の人に聞いたらよ、「私の親は山から帰って来なかったか。」と尋ねたらね、「帰って来ていたようだが、何か、あの川の方へ行ったようだよ。」と言ったらしい。それから、川というより池だよ、池、川というより池にね、池、「そこへ行ったようだよ。」と隣近所の人が言ったので、「もしかしたら、山であのようにして、私が薪を持ちたがらなかったので、それで怒ってしまって、これは、私の親は身投げしているのではないか。」と感じて、その子どもは池のそばに行ったらしい。池のそばへ行くと、死体が見つからないので、「これは確かに、私の親は池の底へ沈んでいるのではないか。」と思って、それで捜したが見つけることは出来なかったそうだよ。そうするうちに、その池からね、板がね、流れて来たのでよ、板が流れて来たので、「もう私の親は確かに、ここで死んでいるはずだが。」と思ったが、死体は捜すことはできなかったんだな。それで、「せめて板でも持って行って、親代りにまつらなければいけない。」といって、その板を持ち帰って自分の親代りとして仏壇にまつったそうだ。それから、人が死ぬと、やっぱり、位牌(いはい)というものをつくるようになったらしい。位牌をつくって、仏壇に飾るでしょう。それは、このような意味から、人が死ぬと位牌をつくって、苗字を書いて、仏壇に祭って、死体代りに拝むという話だよ。これは、継子と継親から出た話。
全体の記録時間数 3:17
物語の時間数 3:17
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

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