
126 伊江島ハンドーグヮー 恩納村安富祖 宜志富マツ(1898・明治31年5月18日生)
それはね、こうなんだよ。島村家は、伊江島の地頭代(じとうでえ)であったんだ。地頭代なんだそうだ。それからその人は、そのカナーという人は何のために国頭に渡るかというと、国王様のお供をすることになったようだ。それでそれだけ偉い国王様のお供で唐旅に行くからと、国頭で花を買ってきて、新しく綿入れを作って寒い国には持っていかなければならないと、親に言いつけられたので、「はい。」といって、木綿花を買いに行ったときに、嵐にであってな、それで海で泳いでいるのを、辺土名ハンドゥーという人が、助けたんだ。助けてやって、親子は人情があったわけだね、そうすると、そこでもう、着物を着替えさせたり食べ物を食べさせて、もう四、五日もそこで、世話をしたんだ。それで、「あなたは郷里には妻子がおるか。」と言ったので、「妻子はいない。」と答えた。しかしあの船頭主はたいがい分っていたんだね、そこの成り行きは。そうして親子で助けて、もう畑仕事もそこに落ちついてしているというのに、伊江島から妻がやってきて、連れにきたわけよ。連れにきたら、どうでもこうでも、連れていこうとするんた。「そこの人たちが私の死のうとしている命を助けてくれたから、ただ一時間、たった少しの間だから一言言葉をかける間、私に時間をくれ。」と言うが、「そうはできない。」とことわられた。「そうはできない。」と言われたから、もうその間にも、だんだん心は変わっていくものだ。「全然ゆるすことはできない。今船に乗りなさい。」と無理やりに、連れて行かれたんだ。そうしてそのいとこのマツというのが、(カナーが)連れて行かれるのを見て、「兄さんの言葉はお前をだます言葉であった。あれは本当は妻子が居るようだよ。」と、ハンドゥーに言った。しかしハンドゥーは、承知しなかった。「あの世にかけてのちぎりをしたのに、あの人はどんな事があっても帰ってはゆかない。」と言うと、マツが、「向こうに帰ったよ、ほら、お前があげた花染めの手ぬぐいを首にひっかけて、伊江島クビの見えにくいぐらい船が遠く見える所で、伊江島に向かっているさ。」と言ったら、そのときに納得し、そうしてそのハンドゥーはもうそのときから病気になり、あとはそのマツがまた相談をして、船頭をたのんで、伊江島に渡したんだ。そうしているが、その船頭は人情はあるが、もうそこの野蛮人が聞かないのだから、話もできない。後は、ハンドゥーに命をとられたんだ。みんな死んで、根を絶やされている。あそこの願いはまた、あそこの願いは、「人間というもの、死んで行く命は助けるものである。それも聞かないでこれも聞かないで、このようにするか。」といってそのハンドゥーが亡くなった時は、船頭が来ていたんた。それでもう、ああ言ってもこう言っても聞かなかったから、「お前は、妻も居てこうするのか。」と、そこの村の頭(かしら)が、そのカナーと船頭を、会わしてあげたが、船頭がマツと二人でカナーを説とくしようと、「手を一回だけでも仏前に合わしてくれ。」と言うが、聞いてくれず、そうしてあとは、ハンドゥーに死んでから仇を討たれたんだ。
『恩納村の民話・伝説編』P191
| レコード番号 | 47O375200 |
|---|---|
| CD番号 | 47O37C209 |
| 決定題名 | 伊江島ハンドーぐゎー(シマグチ) |
| 話者がつけた題名 | 伊江島ハンドーぐゎー |
| 話者名 | 宜次富マツ |
| 話者名かな | ぎしとみまつ |
| 生年月日 | 18980518 |
| 性別 | 女 |
| 出身地 | 沖縄県名護市宮里 |
| 記録日 | 19760222 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 恩納村T08B08 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | 若い頃父親からよく話を聞かさた。 |
| 文字化資料 | 『恩納村の民話 伝説編』P191 |
| キーワード | 島村家,伊江島の地頭代,カナー,国王様のお供で唐旅,綿入れ,辺土名ハンドゥー,伊江島から妻 |
| 梗概(こうがい) | 126 伊江島ハンドーグヮー 恩納村安富祖 宜志富マツ(1898・明治31年5月18日生) それはね、こうなんだよ。島村家は、伊江島の地頭代(じとうでえ)であったんだ。地頭代なんだそうだ。それからその人は、そのカナーという人は何のために国頭に渡るかというと、国王様のお供をすることになったようだ。それでそれだけ偉い国王様のお供で唐旅に行くからと、国頭で花を買ってきて、新しく綿入れを作って寒い国には持っていかなければならないと、親に言いつけられたので、「はい。」といって、木綿花を買いに行ったときに、嵐にであってな、それで海で泳いでいるのを、辺土名ハンドゥーという人が、助けたんだ。助けてやって、親子は人情があったわけだね、そうすると、そこでもう、着物を着替えさせたり食べ物を食べさせて、もう四、五日もそこで、世話をしたんだ。それで、「あなたは郷里には妻子がおるか。」と言ったので、「妻子はいない。」と答えた。しかしあの船頭主はたいがい分っていたんだね、そこの成り行きは。そうして親子で助けて、もう畑仕事もそこに落ちついてしているというのに、伊江島から妻がやってきて、連れにきたわけよ。連れにきたら、どうでもこうでも、連れていこうとするんた。「そこの人たちが私の死のうとしている命を助けてくれたから、ただ一時間、たった少しの間だから一言言葉をかける間、私に時間をくれ。」と言うが、「そうはできない。」とことわられた。「そうはできない。」と言われたから、もうその間にも、だんだん心は変わっていくものだ。「全然ゆるすことはできない。今船に乗りなさい。」と無理やりに、連れて行かれたんだ。そうしてそのいとこのマツというのが、(カナーが)連れて行かれるのを見て、「兄さんの言葉はお前をだます言葉であった。あれは本当は妻子が居るようだよ。」と、ハンドゥーに言った。しかしハンドゥーは、承知しなかった。「あの世にかけてのちぎりをしたのに、あの人はどんな事があっても帰ってはゆかない。」と言うと、マツが、「向こうに帰ったよ、ほら、お前があげた花染めの手ぬぐいを首にひっかけて、伊江島クビの見えにくいぐらい船が遠く見える所で、伊江島に向かっているさ。」と言ったら、そのときに納得し、そうしてそのハンドゥーはもうそのときから病気になり、あとはそのマツがまた相談をして、船頭をたのんで、伊江島に渡したんだ。そうしているが、その船頭は人情はあるが、もうそこの野蛮人が聞かないのだから、話もできない。後は、ハンドゥーに命をとられたんだ。みんな死んで、根を絶やされている。あそこの願いはまた、あそこの願いは、「人間というもの、死んで行く命は助けるものである。それも聞かないでこれも聞かないで、このようにするか。」といってそのハンドゥーが亡くなった時は、船頭が来ていたんた。それでもう、ああ言ってもこう言っても聞かなかったから、「お前は、妻も居てこうするのか。」と、そこの村の頭(かしら)が、そのカナーと船頭を、会わしてあげたが、船頭がマツと二人でカナーを説とくしようと、「手を一回だけでも仏前に合わしてくれ。」と言うが、聞いてくれず、そうしてあとは、ハンドゥーに死んでから仇を討たれたんだ。 『恩納村の民話・伝説編』P191 |
| 全体の記録時間数 | 4:37 |
| 物語の時間数 | 4:37 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | 〇 |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |