天川坂の粟飯攻め(シマグチ)

概要

むこうから上陸できずに、山原(やんばる)から攻めてきた場合にな。粟飯(あわめし)は冷(さ)めにくいということで、老婆が足にやけどをさせるために、天川坂(あまかーびら)で炊(た)いて、まいてあったんだ。まだ攻めてこないうちに。そうしたら、この内地の人たちは、腹をすかして来ているから、いい具合にそこに冷めてない食事があるもんだから、それを食べてしまって、余計に沖縄の人は、困ったという話だよ、天川坂(あまかーびら)の話は。そのとき鉄砲で腹をうたれた沖縄の人がいてな、でも、昔の人は、内臓を引っぱって歩いていても、大変だということは知らないから、死ななかったんだ。 山原のことばで、「棒の先から火が出て、ハマダという人の腹を射抜いてしまった。」と言ったそうだ。棒の先から火が出て、というのは、火縄銃のことで、鉄砲ということは知らないんだ。その棒の先から火が出て、ハマダの腹を射抜いてしまった。という意味なんだ。それで、内臓を引っぱって歩いても死ななかったんだと。その人はまだ野蛮の生活で鉄砲を知らないもんだから。大変だということが分かってから死んだんだって。

再生時間:0:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O375078
CD番号 47O37C204
決定題名 天川坂の粟飯攻め(シマグチ)
話者がつけた題名 天川坂
話者名 宜志富紹長
話者名かな ぎしとみしょうちょう
生年月日 18961208
性別
出身地 沖縄県恩納村安富祖
記録日 19760226
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 恩納村T03A25
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情 主にお年寄りや父から聞いた。
文字化資料 『恩納村の民話 伝説編』P100
キーワード 山原,ハーメー,粟飯,足をゆがく,天川坂
梗概(こうがい) むこうから上陸できずに、山原(やんばる)から攻めてきた場合にな。粟飯(あわめし)は冷(さ)めにくいということで、老婆が足にやけどをさせるために、天川坂(あまかーびら)で炊(た)いて、まいてあったんだ。まだ攻めてこないうちに。そうしたら、この内地の人たちは、腹をすかして来ているから、いい具合にそこに冷めてない食事があるもんだから、それを食べてしまって、余計に沖縄の人は、困ったという話だよ、天川坂(あまかーびら)の話は。そのとき鉄砲で腹をうたれた沖縄の人がいてな、でも、昔の人は、内臓を引っぱって歩いていても、大変だということは知らないから、死ななかったんだ。 山原のことばで、「棒の先から火が出て、ハマダという人の腹を射抜いてしまった。」と言ったそうだ。棒の先から火が出て、というのは、火縄銃のことで、鉄砲ということは知らないんだ。その棒の先から火が出て、ハマダの腹を射抜いてしまった。という意味なんだ。それで、内臓を引っぱって歩いても死ななかったんだと。その人はまだ野蛮の生活で鉄砲を知らないもんだから。大変だということが分かってから死んだんだって。
全体の記録時間数 0:37
物語の時間数 0:37
言語識別 方言
音源の質
テープ番号
予備項目1

トップに戻る

TOP