ピャーズ嶽由来(共通語)

概要

大昔、ここは無人島だった。どこからやって来たのか分からない人達が山奥に住んでいた。その頃宮古の頭領はアズと呼ばれていたが、このアズに攻められ、ある人が牧山という高い所(北の方)に逃れて住み着くようになった。貧しい暮らしではあったが段々人口も増えて、のんびり暮らすようになった。そこへ久米島生まれで、沖縄本島の権力者達から迫害を受けていたアカラトゥムガニーという人が逃げて来た。この人も平民出で久米島から種物を持ってきて、農作物の作り方を教えたり、施しをしたりした。アカラトゥムガニーはこの部落の按司となり、村人達から神様として崇められ、年をとって死ぬと高い所に葬られた。そこを前嶽といっていたが、石碑も何もないので、ピャーズ御嶽に移して、アカラトゥムガニーを奉るようになった。

再生時間:6:08

民話詳細DATA

レコード番号 47O235525
CD番号 47O23C295
決定題名 ピャーズ嶽由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 新里寛林
話者名かな しんざとかんりん
生年月日 18880617
性別
出身地 伊良部村字仲地
記録日 19760725
記録者の所属組織 沖縄国際大学口承研
元テープ番号 伊良部T46A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 無人島,宮古の頭領,アズ,へ久米島生まれ,沖縄本島の権力者達,迫害,アカラトゥムガニー,農作物,按司,神様,前嶽,ピャーズ御嶽
梗概(こうがい) 大昔、ここは無人島だった。どこからやって来たのか分からない人達が山奥に住んでいた。その頃宮古の頭領はアズと呼ばれていたが、このアズに攻められ、ある人が牧山という高い所(北の方)に逃れて住み着くようになった。貧しい暮らしではあったが段々人口も増えて、のんびり暮らすようになった。そこへ久米島生まれで、沖縄本島の権力者達から迫害を受けていたアカラトゥムガニーという人が逃げて来た。この人も平民出で久米島から種物を持ってきて、農作物の作り方を教えたり、施しをしたりした。アカラトゥムガニーはこの部落の按司となり、村人達から神様として崇められ、年をとって死ぬと高い所に葬られた。そこを前嶽といっていたが、石碑も何もないので、ピャーズ御嶽に移して、アカラトゥムガニーを奉るようになった。
全体の記録時間数 6:49
物語の時間数 6:08
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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