
昔は、あんなにおるからね、上納までも、新城島、八重山全体で、ただ新城島は、島が面積が小さいから、王様に上げる、この、あれおいしいというからよ。あれを、その、あれでも、また、肉はその、ころ、冷蔵庫も無いでしょ、氷も無いでしょ、あのころ。塩といっても、今がして、塩は贅沢にあるんであって、昔は、塩っていうのは、天然の塩しかないわけ、鉄鍋がないから、塩が炊くことが出来ない。天然の塩とおうのは、こう高那辺りね、この島辺りだから、八重山では波照間が一番、塩が、天然の塩が多く取れたところであったと。これは、こう波が荒れると、こう入り江に岩があるでしょう、岩にこのクムルといって、こう窪んだところが、塩が溜まるでしょう。そして、雨が降らなければ、みんな蒸発して、塩になるわけさ。そういうのがあれば、塩漬けにしてでも、城には、も、贈ったかもしらんが、皮だけ、皮だけを、こう肉はとって食べて、皮だけは、天日で干して、ちょっと塩つけて天日で干して、これをその、首里王に贈ったというんです。だが、八重山では、ただ新城島だけ、で、今でもザンのお宮があると、今、いま現在でも。供養、当時捕った、ザンの骨なんか、この祀った、供養、供養のお宮、お宮があるって、私は見たこと無いんだが、あるっていうんです。これ上納として納めてあるから、新城島だけは。とってもおいしいというんですよ。しかし今ごろの人はあれは、名前でも人魚と名前付けられてあるから、気持ちだけでも、いくらおいしいといっても、これなかなか、これ勇気のある人じゃないと、これ食べきらんじゃないかなあと、私も食べる気はないですよ。
| レコード番号 | 47O201481 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C077 |
| 決定題名 | ザンの上納(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 勝連文雄 |
| 話者名かな | かつれんふみお |
| 生年月日 | 19170518 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町波照間 |
| 記録日 | 19971122 |
| 記録者の所属組織 | 竹富町口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 捜索中 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 80 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 首里 |
| 梗概(こうがい) | 昔は、あんなにおるからね、上納までも、新城島、八重山全体で、ただ新城島は、島が面積が小さいから、王様に上げる、この、あれおいしいというからよ。あれを、その、あれでも、また、肉はその、ころ、冷蔵庫も無いでしょ、氷も無いでしょ、あのころ。塩といっても、今がして、塩は贅沢にあるんであって、昔は、塩っていうのは、天然の塩しかないわけ、鉄鍋がないから、塩が炊くことが出来ない。天然の塩とおうのは、こう高那辺りね、この島辺りだから、八重山では波照間が一番、塩が、天然の塩が多く取れたところであったと。これは、こう波が荒れると、こう入り江に岩があるでしょう、岩にこのクムルといって、こう窪んだところが、塩が溜まるでしょう。そして、雨が降らなければ、みんな蒸発して、塩になるわけさ。そういうのがあれば、塩漬けにしてでも、城には、も、贈ったかもしらんが、皮だけ、皮だけを、こう肉はとって食べて、皮だけは、天日で干して、ちょっと塩つけて天日で干して、これをその、首里王に贈ったというんです。だが、八重山では、ただ新城島だけ、で、今でもザンのお宮があると、今、いま現在でも。供養、当時捕った、ザンの骨なんか、この祀った、供養、供養のお宮、お宮があるって、私は見たこと無いんだが、あるっていうんです。これ上納として納めてあるから、新城島だけは。とってもおいしいというんですよ。しかし今ごろの人はあれは、名前でも人魚と名前付けられてあるから、気持ちだけでも、いくらおいしいといっても、これなかなか、これ勇気のある人じゃないと、これ食べきらんじゃないかなあと、私も食べる気はないですよ。 |
| 全体の記録時間数 | 0:00 |
| 物語の時間数 | 0:00 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | × |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |