
キタムラからちょっと西に来たところにキャバル山という所がある。このキャバル山の武士とキタムラの武士は仲が悪くてですね、時々戦争したというんですね。そのときに、チャバル山の武士は戦の穴(みー)という戦法を使ったというんです。この戦の穴(みー)というのは、キタムラの武士達が下からこう攻めてくるとですね、チャバル山の武士はそこにある穴の中にどんどん入って行くように見せたらしいんですよ。そうすると、キタムラの武士は、「この穴に入った。」と言ってどんどん来てまたその穴に入ったというんですね。最後に全部入ったと思うと、すぐ隠れておるチャバル山の武士は、その入り口の所に刀を構えて待っておって、穴から出て来るキタムラの武士をボンボンみんなたたっ切るという作戦であるわけですよ。だから、チャバル山の武士もね、賢いところがあるわけなんです。それからまた前部落の前にカタナブツという所に城があって、そこも土地改良が来年か再来年頃だから、これも今のうちに保護しないといかんと私は思うんです。それからまたペイニシクという所にも城があって、ペミシク武士がいたんだが、そこは城の石垣がみんな土地改良で崩されて、石は道路の補修なんかに行って、ただ山だけはね、今もちょっと残ってます。そのペミシク武士と争ったアラブツ武士は、今の玉城荘(たましろそう)の東の高台に城があったんだが、土地改良でみんな無くなっていますね。
| レコード番号 | 47O201477 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C077 |
| 決定題名 | 注記No2(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 勝連文雄 |
| 話者名かな | かつれんふみお |
| 生年月日 | 19170518 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町波照間 |
| 記録日 | 19970914 |
| 記録者の所属組織 | 竹富町口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字波照間注記No2 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | キャバラ山,ナタブヤ |
| 梗概(こうがい) | キタムラからちょっと西に来たところにキャバル山という所がある。このキャバル山の武士とキタムラの武士は仲が悪くてですね、時々戦争したというんですね。そのときに、チャバル山の武士は戦の穴(みー)という戦法を使ったというんです。この戦の穴(みー)というのは、キタムラの武士達が下からこう攻めてくるとですね、チャバル山の武士はそこにある穴の中にどんどん入って行くように見せたらしいんですよ。そうすると、キタムラの武士は、「この穴に入った。」と言ってどんどん来てまたその穴に入ったというんですね。最後に全部入ったと思うと、すぐ隠れておるチャバル山の武士は、その入り口の所に刀を構えて待っておって、穴から出て来るキタムラの武士をボンボンみんなたたっ切るという作戦であるわけですよ。だから、チャバル山の武士もね、賢いところがあるわけなんです。それからまた前部落の前にカタナブツという所に城があって、そこも土地改良が来年か再来年頃だから、これも今のうちに保護しないといかんと私は思うんです。それからまたペイニシクという所にも城があって、ペミシク武士がいたんだが、そこは城の石垣がみんな土地改良で崩されて、石は道路の補修なんかに行って、ただ山だけはね、今もちょっと残ってます。そのペミシク武士と争ったアラブツ武士は、今の玉城荘(たましろそう)の東の高台に城があったんだが、土地改良でみんな無くなっていますね。 |
| 全体の記録時間数 | 23:13 |
| 物語の時間数 | 22:38 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |