冨嘉部落の先祖(共通語)

概要

 平家の来る前にこの島に元々住んだ人は南方から来た人の子孫で多分あまり多くいなかった。それは下田原貝塚の研究で分かるよね。その南方から来た人は西表にもおってね、南方の名前付けたことがあったさ。ここも下田原って貝塚部落があったわけさね。その西表とこの島にも平家が来ると、この島のあっちこっちの高いところに外敵を見張る城を造って島を支配したでしょう。その見張り所には、外敵を上陸させないようにね、島を守る武士をあっちの冨嘉部落の前のは南風見須久武士(はえみすくぶらー)という武士さね。また、この道路行ったらすぐにある玉城民宿の少し東のところにいたのは、新原武士(あらばるぶらー)といって武士と、こっちは何武士、こっちは何武士と五箇所か六箇所ぐらい配置しておったらしいね。

再生時間:7:07

民話詳細DATA

レコード番号 47O201453
CD番号 47O20C074
決定題名 冨嘉部落の先祖(共通語)
話者がつけた題名
話者名 富底正一
話者名かな ふそこしょういち
生年月日 19180203
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19960319
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T37A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 51
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 平家,南方
梗概(こうがい)  平家の来る前にこの島に元々住んだ人は南方から来た人の子孫で多分あまり多くいなかった。それは下田原貝塚の研究で分かるよね。その南方から来た人は西表にもおってね、南方の名前付けたことがあったさ。ここも下田原って貝塚部落があったわけさね。その西表とこの島にも平家が来ると、この島のあっちこっちの高いところに外敵を見張る城を造って島を支配したでしょう。その見張り所には、外敵を上陸させないようにね、島を守る武士をあっちの冨嘉部落の前のは南風見須久武士(はえみすくぶらー)という武士さね。また、この道路行ったらすぐにある玉城民宿の少し東のところにいたのは、新原武士(あらばるぶらー)といって武士と、こっちは何武士、こっちは何武士と五箇所か六箇所ぐらい配置しておったらしいね。
全体の記録時間数 7:31
物語の時間数 7:07
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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