鍋掻き田(共通語)

概要

 昔、人頭税があまり激しかったころ、税と言ったらお米も作ってね、精米して出したわけさあね。また女の人は機を織ってから着物を織るでしょう。あれを御用布(ぐ い ふー)と言って取り立てにきた。その人頭税時代は苦しい時代だったんだよ。波照間富嘉部落のヤグ村にね、ヤクハマという才知者がおったわけですね。その人が、「こんなに人頭税で苦しめられていては、この波照間では生活できない。」と言ってね、その部落の連中と波照間から逃れて南南東の南波照間(はいはてるま)に行こうと思って相談して、計画を立てたんだね。ちょうど税金の荷物を琉球の政治とってる役所のオーセに集めて船に乗せておいて明日沖縄に出発しようというその晩です。その時にこっちの役所で何か集まりがあったらしい。その機会を見てね、その船にはお米とかいろんなの積んであるから、その船を利用して逃れたわけさ。ちょうど逃れて行こうとその船がずうっと動いた時に、一人の女が鍋を忘れていたらしい。だから、才知者のヤグアカマラは部落の区長さんみたいな人だからね、ヤグアカマラに、「自分は鍋を取ってくるよ。」と言うと、ヤグアカマラは、「じゃあ、自分たちは船を南の浜近くに回すから、早速向こうまで持ってこい。」と言ったわけさ。その女の人は、お家に行ってね、鍋を持って南の浜の近くの田圃まで行って見たら、もうその人が来るのが遅くて、もう夜明け前になっていたからよ。「とう、この船の船員たちに見つかったら大変。」と言って船は出ていたって。女は鍋釜持って行ったが間に合わなかったから、その時にね、そこの田んぼのところで泣く泣く鍋を抱えて残念がって泣いたって。だから、そこの田んぼの所を鍋掻田(なべかきます)と言っているさあ。

再生時間:8:37

民話詳細DATA

レコード番号 47O201451
CD番号 47O20C073
決定題名 鍋掻き田(共通語)
話者がつけた題名
話者名 富底正一
話者名かな ふそこしょういち
生年月日 19180203
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19960319
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T37A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 人頭税,ハイハテルマ
梗概(こうがい)  昔、人頭税があまり激しかったころ、税と言ったらお米も作ってね、精米して出したわけさあね。また女の人は機を織ってから着物を織るでしょう。あれを御用布(ぐ い ふー)と言って取り立てにきた。その人頭税時代は苦しい時代だったんだよ。波照間富嘉部落のヤグ村にね、ヤクハマという才知者がおったわけですね。その人が、「こんなに人頭税で苦しめられていては、この波照間では生活できない。」と言ってね、その部落の連中と波照間から逃れて南南東の南波照間(はいはてるま)に行こうと思って相談して、計画を立てたんだね。ちょうど税金の荷物を琉球の政治とってる役所のオーセに集めて船に乗せておいて明日沖縄に出発しようというその晩です。その時にこっちの役所で何か集まりがあったらしい。その機会を見てね、その船にはお米とかいろんなの積んであるから、その船を利用して逃れたわけさ。ちょうど逃れて行こうとその船がずうっと動いた時に、一人の女が鍋を忘れていたらしい。だから、才知者のヤグアカマラは部落の区長さんみたいな人だからね、ヤグアカマラに、「自分は鍋を取ってくるよ。」と言うと、ヤグアカマラは、「じゃあ、自分たちは船を南の浜近くに回すから、早速向こうまで持ってこい。」と言ったわけさ。その女の人は、お家に行ってね、鍋を持って南の浜の近くの田圃まで行って見たら、もうその人が来るのが遅くて、もう夜明け前になっていたからよ。「とう、この船の船員たちに見つかったら大変。」と言って船は出ていたって。女は鍋釜持って行ったが間に合わなかったから、その時にね、そこの田んぼのところで泣く泣く鍋を抱えて残念がって泣いたって。だから、そこの田んぼの所を鍋掻田(なべかきます)と言っているさあ。
全体の記録時間数 8:37
物語の時間数 8:37
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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