波照間の新生(共通語)

概要

 大昔、油雨が降らない前は、波照間の人間は心の良い人だったけれども、やがてあんまり人間が増えてからはね、昔は農業しか出来ないけど、この島は下がすぐ岩で、土が薄いから農業ができないもんだから、雨が降るときにはよ、大きな草鞋(わらじ)を履いての土が盛り上がって余所の家の畑に入って行って歩いたら、その大きな草鞋の下に土がたくさん付いてくるでしょう。その草鞋をそのまま自分の石だらけの畑に履いて行って土を落として畑にして、道の傍には韮まで作っていたんですよ。そのうちに、もっと人間が増えてね、食うものも無くなるとみんな鬼になってね、強いものはみんな弱いもの殺して肉は食べて骨は持って行ってね、砂に埋めたか分からん。それから神様が怒って天から油雨を降らせたと言いますよ。だけど、これは仲本爺さんが書いているけど、多分西表島の噴火の際に火の粉なんが降ってきたということじゃないかねえ。その油雨の降ったとき、私の本家の保田盛家のね、兄さんと妹の兄妹(きょうだい)二人が海で潮干狩りとか魚を釣っていたら、島の上に油雨が降ってみんな死んだからどうにもならない。「夫婦になって自分の子孫を作らないといけないな。」って言ったら、妹はね、「何で兄妹(きょうだい)が夫婦に出来る。」て言ったら、兄がね、「出来る出来ないって言ってられないよ。」て言って、二人が夫婦になって、最初に生まれた子がね、ボーズっていう毒の魚が生まれたから、「ここは人間住むところでない。」と少し上に住んで、子どもを生んだら、またね、百足が生まれたって。だから、「ここも人間住むところでない。」と言って、保田盛の御本家の道にヨナモリというところがあるさあね。あっちに家を作って子どもを生んだら、そのときは、フカンギ〔ヤモリ〕が生まれたって。「ここも人間の住むところでない。」と思って少し低いヤグハカマリに移って、四角の家を作って住んだら生まれた子は人間だったからね、そのことを新生(あらまり)と言ってね、お婆ちゃんのことを「パー」と言うからね、その妹の方を新生婆(あらまりばー)と言って、現在も墓があって信仰しておりますよ。それがまたね、「ここには自分は住みたくない。」と言って、今の保田盛の御本家のところに来て屋敷を構えたから、そこの保田盛家のところ拝ん所が富嘉部落の御嶽の元になって、みんなも豊年祭とかでも拝むようになっていったと。これは近頃の話だけど、私の子が昔の人が住んだ近くのところを掘ったら、こんなでかい大きい人の遺骨がたくさん出てきて、その中には背中がこんなになって殺されてるのもあったから、あれは、大昔に人が鬼になって人を食っていたころの遺骨さあね。そのときに骨を捕まえた者とかは、豊年祭行かないようにって言われて行かなかったんですよ。

再生時間:7:09

民話詳細DATA

レコード番号 47O201370
CD番号 47O20C068
決定題名 波照間の新生(共通語)
話者がつけた題名
話者名 保田盛ヨシ
話者名かな ほたもりよし
生年月日 19200915
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19950912
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T23A01
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 油雨,兄妹,魚,ヤモリ
梗概(こうがい)  大昔、油雨が降らない前は、波照間の人間は心の良い人だったけれども、やがてあんまり人間が増えてからはね、昔は農業しか出来ないけど、この島は下がすぐ岩で、土が薄いから農業ができないもんだから、雨が降るときにはよ、大きな草鞋(わらじ)を履いての土が盛り上がって余所の家の畑に入って行って歩いたら、その大きな草鞋の下に土がたくさん付いてくるでしょう。その草鞋をそのまま自分の石だらけの畑に履いて行って土を落として畑にして、道の傍には韮まで作っていたんですよ。そのうちに、もっと人間が増えてね、食うものも無くなるとみんな鬼になってね、強いものはみんな弱いもの殺して肉は食べて骨は持って行ってね、砂に埋めたか分からん。それから神様が怒って天から油雨を降らせたと言いますよ。だけど、これは仲本爺さんが書いているけど、多分西表島の噴火の際に火の粉なんが降ってきたということじゃないかねえ。その油雨の降ったとき、私の本家の保田盛家のね、兄さんと妹の兄妹(きょうだい)二人が海で潮干狩りとか魚を釣っていたら、島の上に油雨が降ってみんな死んだからどうにもならない。「夫婦になって自分の子孫を作らないといけないな。」って言ったら、妹はね、「何で兄妹(きょうだい)が夫婦に出来る。」て言ったら、兄がね、「出来る出来ないって言ってられないよ。」て言って、二人が夫婦になって、最初に生まれた子がね、ボーズっていう毒の魚が生まれたから、「ここは人間住むところでない。」と少し上に住んで、子どもを生んだら、またね、百足が生まれたって。だから、「ここも人間住むところでない。」と言って、保田盛の御本家の道にヨナモリというところがあるさあね。あっちに家を作って子どもを生んだら、そのときは、フカンギ〔ヤモリ〕が生まれたって。「ここも人間の住むところでない。」と思って少し低いヤグハカマリに移って、四角の家を作って住んだら生まれた子は人間だったからね、そのことを新生(あらまり)と言ってね、お婆ちゃんのことを「パー」と言うからね、その妹の方を新生婆(あらまりばー)と言って、現在も墓があって信仰しておりますよ。それがまたね、「ここには自分は住みたくない。」と言って、今の保田盛の御本家のところに来て屋敷を構えたから、そこの保田盛家のところ拝ん所が富嘉部落の御嶽の元になって、みんなも豊年祭とかでも拝むようになっていったと。これは近頃の話だけど、私の子が昔の人が住んだ近くのところを掘ったら、こんなでかい大きい人の遺骨がたくさん出てきて、その中には背中がこんなになって殺されてるのもあったから、あれは、大昔に人が鬼になって人を食っていたころの遺骨さあね。そのときに骨を捕まえた者とかは、豊年祭行かないようにって言われて行かなかったんですよ。
全体の記録時間数 8:16
物語の時間数 7:09
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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