鍋掻き田(共通語)

概要

 人頭税のときの話だけど、今の富嘉部落の御嶽の西の方にヤグの井泉(け ー)という井戸が今でもあるよ。そこにヤグ村という部落もあったって。あの人頭税の時期は、上から物すごく作らしておいて自分の食うのもないぐらい税金と言ってみんな取り上げるでしょう。あっちから役人が人頭税を集めてその穀物積む船が来た時に、ちょうど人頭税を載せる船できた役人は、上陸して接待の宴会で酔っぱらって眠っている夜中に、ヤグ村のヤグアマラという人が、ヤグ村の人達に、「こんなのでは今の場所で生活が出来ないから自分らは逃げないと大変。今のうちに自分のものをみんなあの載せて船を盗んで南波照間(はいはてるま)に逃げよう。忘れ物無いようにみんな持ちなさい。」と言って、波照間の港に泊っている船に、それぞれ自分の物を持って、こっそり乗り込ませたら、一人の主婦が、「鍋を忘れた。持っていかないと御飯を炊いて食べられない。」と言うから、「そんならぜひ行って持ってこい。」って、鍋も持ちに行ったって。しかし、待っても待っても来なかったから、夜は明けるし、待っていてお役人に見つかったら大変と思って、「ああ、あれ一人残しておけ。」と言ってよ、その主婦捨てて船を出したら、この主婦が鍋を持って鍋掻田(なべかきます)という田圃まできたとき、船は帆をかけて出ていくって。だから、「自分一人残された。」と言って、あっちの田圃でよ、あっちの田圃で鍋をこんなにして掻いてよ、悔しくて泣いたって。田圃はね、一マス、二マスと言うんですよね。だから、あそこを鍋掻田(なべかきます)となったらしい。その翌日になったら、多分役人は自分たちの船はいないから大騒ぎしたんでしょうね。このヤグアマラが行った南波照間(はいはてるま)は、波照間からちょっと南に行ったところに波照間の姓の人が集まっている島があったが、その島は沈んだとか言っていたね。もしかするとこの島の南に、よく魚が釣れる何とかスネーというところがあったから、そこが沈没した島だったかも知れんね。

再生時間:5:41

民話詳細DATA

レコード番号 47O201339
CD番号 47O20C065
決定題名 鍋掻き田(共通語)
話者がつけた題名
話者名 金嶺秋
話者名かな かなみねあき
生年月日 19151110
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19950911
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T20B02
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 人頭税,船
梗概(こうがい)  人頭税のときの話だけど、今の富嘉部落の御嶽の西の方にヤグの井泉(け ー)という井戸が今でもあるよ。そこにヤグ村という部落もあったって。あの人頭税の時期は、上から物すごく作らしておいて自分の食うのもないぐらい税金と言ってみんな取り上げるでしょう。あっちから役人が人頭税を集めてその穀物積む船が来た時に、ちょうど人頭税を載せる船できた役人は、上陸して接待の宴会で酔っぱらって眠っている夜中に、ヤグ村のヤグアマラという人が、ヤグ村の人達に、「こんなのでは今の場所で生活が出来ないから自分らは逃げないと大変。今のうちに自分のものをみんなあの載せて船を盗んで南波照間(はいはてるま)に逃げよう。忘れ物無いようにみんな持ちなさい。」と言って、波照間の港に泊っている船に、それぞれ自分の物を持って、こっそり乗り込ませたら、一人の主婦が、「鍋を忘れた。持っていかないと御飯を炊いて食べられない。」と言うから、「そんならぜひ行って持ってこい。」って、鍋も持ちに行ったって。しかし、待っても待っても来なかったから、夜は明けるし、待っていてお役人に見つかったら大変と思って、「ああ、あれ一人残しておけ。」と言ってよ、その主婦捨てて船を出したら、この主婦が鍋を持って鍋掻田(なべかきます)という田圃まできたとき、船は帆をかけて出ていくって。だから、「自分一人残された。」と言って、あっちの田圃でよ、あっちの田圃で鍋をこんなにして掻いてよ、悔しくて泣いたって。田圃はね、一マス、二マスと言うんですよね。だから、あそこを鍋掻田(なべかきます)となったらしい。その翌日になったら、多分役人は自分たちの船はいないから大騒ぎしたんでしょうね。このヤグアマラが行った南波照間(はいはてるま)は、波照間からちょっと南に行ったところに波照間の姓の人が集まっている島があったが、その島は沈んだとか言っていたね。もしかするとこの島の南に、よく魚が釣れる何とかスネーというところがあったから、そこが沈没した島だったかも知れんね。
全体の記録時間数 5:41
物語の時間数 5:41
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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