波照間の新生(共通語)

概要

 油雨の話はよ、あっちの富嘉部落の人がよく分かるはず。昔、あんまりこんなに人数がたくさんいない、まだ繁盛しない世の中であっただろう。こっちでは油をアバというさ。油みたいなその油雨(あぱあみ)が降ったから農作物は枯れて、みんな死んだって。だけどなにかあっちに墓がある兄妹(きょうだい)二人がよ、何かに隠れてこの油雨から逃れて生きてきたって。その兄妹(きょうだい)二人で夫婦になって、子が出来たのけど、あれはちょっと海近いところだったから、生まれた子がよ、海の生物に似てるものであったって。「こっちではもう出来ない。こっちは人間の立つところでない。」と言って、二回目はもっと上に上がってやったらまたあっちから生まれた子どもがまた変な子どもが生まれたって。だから、「こっちはあんまり人間の住むところじゃない。」と言って、それからまたもっと奥に来て、今の富嘉部落の保田盛家の所にあるアスク御願との所に来て、あっちで留まって生活していたら本当の人間の子どもが生まれたって。だから、「こっちが人間の住む土地だなあ。」と言って、家を建て御願も建てて暮らしていたって。その保田盛家のところから部落は始まって栄えたと。その兄妹(きょうだい)が亡くなったときに、葬ったところを新生(あらまり)の婆墓(ばーばか)と言ってあっちに石垣の墓があるよ。土地改良してあるがあんな拝所はみんな残してあるはずよ。あそこは、海からすぐ上がったら浜の上にちょっと山があって、そのこっちにミシュク井戸(げ ー)という石垣でこうぐるぐるっと積まれた井戸もあるよ。だから、あっちは兄妹(きょうだい)時代に生きて村が始まったから、一番の島の元と言って、波照間の行事はあっちから起こしていて、豊年祭のときなんかには島の元のアスク御願からカンシンと言ってよ、なんかの神様の遣いの女の方がおいでになって、豊年祭のお祝いをしていらっしゃるわけです。

再生時間:8:14

民話詳細DATA

レコード番号 47O201335
CD番号 47O20C064
決定題名 波照間の新生(共通語)
話者がつけた題名
話者名 金嶺秋
話者名かな かなみねあき
生年月日 19151110
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19950911
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T20A06
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード 油雨,兄妹,海の生物,変な子供
梗概(こうがい)  油雨の話はよ、あっちの富嘉部落の人がよく分かるはず。昔、あんまりこんなに人数がたくさんいない、まだ繁盛しない世の中であっただろう。こっちでは油をアバというさ。油みたいなその油雨(あぱあみ)が降ったから農作物は枯れて、みんな死んだって。だけどなにかあっちに墓がある兄妹(きょうだい)二人がよ、何かに隠れてこの油雨から逃れて生きてきたって。その兄妹(きょうだい)二人で夫婦になって、子が出来たのけど、あれはちょっと海近いところだったから、生まれた子がよ、海の生物に似てるものであったって。「こっちではもう出来ない。こっちは人間の立つところでない。」と言って、二回目はもっと上に上がってやったらまたあっちから生まれた子どもがまた変な子どもが生まれたって。だから、「こっちはあんまり人間の住むところじゃない。」と言って、それからまたもっと奥に来て、今の富嘉部落の保田盛家の所にあるアスク御願との所に来て、あっちで留まって生活していたら本当の人間の子どもが生まれたって。だから、「こっちが人間の住む土地だなあ。」と言って、家を建て御願も建てて暮らしていたって。その保田盛家のところから部落は始まって栄えたと。その兄妹(きょうだい)が亡くなったときに、葬ったところを新生(あらまり)の婆墓(ばーばか)と言ってあっちに石垣の墓があるよ。土地改良してあるがあんな拝所はみんな残してあるはずよ。あそこは、海からすぐ上がったら浜の上にちょっと山があって、そのこっちにミシュク井戸(げ ー)という石垣でこうぐるぐるっと積まれた井戸もあるよ。だから、あっちは兄妹(きょうだい)時代に生きて村が始まったから、一番の島の元と言って、波照間の行事はあっちから起こしていて、豊年祭のときなんかには島の元のアスク御願からカンシンと言ってよ、なんかの神様の遣いの女の方がおいでになって、豊年祭のお祝いをしていらっしゃるわけです。
全体の記録時間数 8:19
物語の時間数 8:14
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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