舵田と衣装田の名の由来(共通語)

概要

 あれは富嘉部落の前で鍋掻田(なべかきます)の側のちょっと上に来たところにだいたい帆船の船の舵に似ておった田だから舵田(かじます)と言ったそうだ。また、その辺に衣装田(いしょうます)という田もあった。そのあたりには、政府が人頭税時代に、田圃を持っておれって、田圃を作らして、そこから税金を巻き上げ取ったわけで、溜池が作られてあったから、名前のある田圃が沢山あったんじゃないかな。そのころは、政府のお役人が今年は、この田圃はこのAという人、また来年はBという人がやるとそういうふうにあてがってからそこから税金取っておったようだけど、それが明治の三〇年から、日露戦争の始まる前の明治三五年ごろまでに沖縄では土地整理画があって、その時点で、耕作しておった人に開放されて個人有地になっておるもんだから、そのとき面積を多く耕しておった人は勝ちであったわけさ。そうして個人有地になったもんだから、田圃は全部埋め立てになって、今は跡形もないよ。

再生時間:3:18

民話詳細DATA

レコード番号 47O201329
CD番号 47O20C064
決定題名 舵田と衣装田の名の由来(共通語)
話者がつけた題名
話者名 浦仲浩
話者名かな うらなかひろし
生年月日 19240628
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町波照間
記録日 19950910
記録者の所属組織 竹富町口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字波照間T19B14
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料
キーワード
梗概(こうがい)  あれは富嘉部落の前で鍋掻田(なべかきます)の側のちょっと上に来たところにだいたい帆船の船の舵に似ておった田だから舵田(かじます)と言ったそうだ。また、その辺に衣装田(いしょうます)という田もあった。そのあたりには、政府が人頭税時代に、田圃を持っておれって、田圃を作らして、そこから税金を巻き上げ取ったわけで、溜池が作られてあったから、名前のある田圃が沢山あったんじゃないかな。そのころは、政府のお役人が今年は、この田圃はこのAという人、また来年はBという人がやるとそういうふうにあてがってからそこから税金取っておったようだけど、それが明治の三〇年から、日露戦争の始まる前の明治三五年ごろまでに沖縄では土地整理画があって、その時点で、耕作しておった人に開放されて個人有地になっておるもんだから、そのとき面積を多く耕しておった人は勝ちであったわけさ。そうして個人有地になったもんだから、田圃は全部埋め立てになって、今は跡形もないよ。
全体の記録時間数 3:32
物語の時間数 3:18
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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