
波照間島で昔、納税の無い頃、島の中央にクッシという城を築き総大将の位はアジマグといい、島の周囲には島守の武士が配置され、外の島人を一歩も入れない体制で島の農産物は全住民が食べても余るほど非常に裕福な時代があった。島守の武士の配置の場所は現在まで残り、昔を偲ばせている。島守の武士のいた屋敷は島の周辺に点々とあり、名所は下ウダバルのブルブチ、タカフク、マシク、シムシ、キタアムル、ナチャグヤ、ダバルブヤ、アラブツブヤ、ペミシクブヤ、といって昔の名残を残している。そのほかにも三カ所ぐらい話はあるが、跡形はない。島守の武士のアラブツブヤーとペミシクブヤーの話。ペミシクブヤーは南の高所、アラブツブヤーは北の高所に城を構え、その距離は800メートル。二人の財産には境界があり、縄張りには一歩も立ち入り禁止ということで話し合い、相談事に中間に面会所をおいて昼と夜面会していた。ペミシクブヤーは頭が弱く、妻は美しく賢妻賢母で、田畑財産がいっぱいあった。アラブツブヤーは知恵持ちで秀才で妻は美人でなく田畑も少なく財産が少なかったため、魚取りに趣味があり投げ網も上手であった。アラブツブヤーはペミシクブヤーの裕福な生活を妬み、相手の財産を減らしてペミシクブヤーを殺し、美しい奥さんを手に入れようと策略を立て、武力抜きでいろいろな競争を申し出るとペミシクブヤーは承諾した。一番目は誰がきれいな糞をするかの競争。アラブツブヤーは芋の皮をきれいにとって炊き、腹八分食べる。ペミシクブヤーは白い餅米のご飯を腹一杯食べる。競争の期日になって面会所で勝負の結果、芋を食べた方が白くて形も立派で、餅米の人は臭気甚だしく汚くて見ることさえできなかったので、アラブツブヤーが勝った。二番目は家の塀と壁を白く塗る競争。アラブツブヤーは毎日魚を捕りに行き、帰りに甲烏賊の甲を浜から拾い集め、人を頼んですりつぶし粉末にして塀と壁に塗ると大変きれいに見えた。アラブツブヤーはペミシクブヤーを面会所に呼んで「私は田んぼは少ないが、倉庫に米がたくさんあったので粉にして塀と壁に塗り、貴方の所から見るときれいでしょう。」というと、ペミシクブヤーは家に帰り、米を粉にして壁に塗るが、塗っても塗ってもきれいにならず、次の米が来るまでは難儀した。アラブツブヤーが勝つ。三番目は、牛を屋根に乗せる勝負。アラブツブヤーは牛の模型を作って屋根に乗せ、ペミシクブヤーを呼んで「私の家は牛が乗っても頑丈にできているが、貴方の家はどうか」というと、ペミシクブヤーは早速家に帰り、人を頼んで家の前に石垣を屋根の高さに積んで牛を乗せ屋根をめちゃめちゃに壊して困ったという。ペミシクブヤーは二番目、三番目の競争で財産を失った。四番目は、中之神島(波照間島より西方32キロメートル)へ小舟で往復する勝負。アラブツブヤーはペミシクブヤーを遭難させて殺し、美しい妻を自分のものにしようと計画する。アラブツブヤーが競争を申し出るとペミシクブヤーは今度こそはと承諾する。二人の約束で船の長さと幅を決め、帆、帆柱、アンカー、アンカー綱は使わないように決める。食料も制限し、櫓一本にロープの代わりにハマカズラをもっていくことを決める。アラブツブヤーは勝負の日、朝早く浜に出かけてアダンの木の根に網を巻き付けておき、その上から浜カズラを体に巻いて相手を待つ。検査の後出発する。旧の6月の東風(アリヤタ)、旧の7月の(イリヤタ)を海の人であるアラブツブヤーはよく知っていたので風を選んで出かける。行きは二人ともうまくたどり着く。帰りは東風なのでなかなか前に進まない。ペミシクブヤーの綱は浜カズラなので切れてしまい、西方に流され行方不明となる。アラブツブヤーは無事に帰る。アラブツブヤーはペミシクブヤーの妻に夫を亡くして大変だから嫁にしようというと、彼女も喜んで承諾し、一つの条件を出す。西表の山に行って、木を抱いて手のひらと手のひらがぴったり合うものを探せと言う。アラブツブヤーはたやすいことといって、出かける。(彼女は)四寸釘と金槌をパンツに縛りその上から着物を着ける。山奥で探し当てたところ、木を抱かせぴったりするのがあったので、(女は男の)手のひらと両足に四寸釘を打ち込み、夫の恨みを返す。女は島から帰るとき、歌を作って詠んだ。アラブツブヤーが西表の山で釘付けにされて後マラリアが発生した。
| レコード番号 | 47O201265 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C060 |
| 決定題名 | アラブツブヤーとペミシクブヤーの戦い(共通語) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 勝連文雄 |
| 話者名かな | かつれんふみお |
| 生年月日 | 19170518 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町波照間 |
| 記録日 | 19760804 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字波照間T49B02 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 13 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 糞,白,屋根,舟 |
| 梗概(こうがい) | 波照間島で昔、納税の無い頃、島の中央にクッシという城を築き総大将の位はアジマグといい、島の周囲には島守の武士が配置され、外の島人を一歩も入れない体制で島の農産物は全住民が食べても余るほど非常に裕福な時代があった。島守の武士の配置の場所は現在まで残り、昔を偲ばせている。島守の武士のいた屋敷は島の周辺に点々とあり、名所は下ウダバルのブルブチ、タカフク、マシク、シムシ、キタアムル、ナチャグヤ、ダバルブヤ、アラブツブヤ、ペミシクブヤ、といって昔の名残を残している。そのほかにも三カ所ぐらい話はあるが、跡形はない。島守の武士のアラブツブヤーとペミシクブヤーの話。ペミシクブヤーは南の高所、アラブツブヤーは北の高所に城を構え、その距離は800メートル。二人の財産には境界があり、縄張りには一歩も立ち入り禁止ということで話し合い、相談事に中間に面会所をおいて昼と夜面会していた。ペミシクブヤーは頭が弱く、妻は美しく賢妻賢母で、田畑財産がいっぱいあった。アラブツブヤーは知恵持ちで秀才で妻は美人でなく田畑も少なく財産が少なかったため、魚取りに趣味があり投げ網も上手であった。アラブツブヤーはペミシクブヤーの裕福な生活を妬み、相手の財産を減らしてペミシクブヤーを殺し、美しい奥さんを手に入れようと策略を立て、武力抜きでいろいろな競争を申し出るとペミシクブヤーは承諾した。一番目は誰がきれいな糞をするかの競争。アラブツブヤーは芋の皮をきれいにとって炊き、腹八分食べる。ペミシクブヤーは白い餅米のご飯を腹一杯食べる。競争の期日になって面会所で勝負の結果、芋を食べた方が白くて形も立派で、餅米の人は臭気甚だしく汚くて見ることさえできなかったので、アラブツブヤーが勝った。二番目は家の塀と壁を白く塗る競争。アラブツブヤーは毎日魚を捕りに行き、帰りに甲烏賊の甲を浜から拾い集め、人を頼んですりつぶし粉末にして塀と壁に塗ると大変きれいに見えた。アラブツブヤーはペミシクブヤーを面会所に呼んで「私は田んぼは少ないが、倉庫に米がたくさんあったので粉にして塀と壁に塗り、貴方の所から見るときれいでしょう。」というと、ペミシクブヤーは家に帰り、米を粉にして壁に塗るが、塗っても塗ってもきれいにならず、次の米が来るまでは難儀した。アラブツブヤーが勝つ。三番目は、牛を屋根に乗せる勝負。アラブツブヤーは牛の模型を作って屋根に乗せ、ペミシクブヤーを呼んで「私の家は牛が乗っても頑丈にできているが、貴方の家はどうか」というと、ペミシクブヤーは早速家に帰り、人を頼んで家の前に石垣を屋根の高さに積んで牛を乗せ屋根をめちゃめちゃに壊して困ったという。ペミシクブヤーは二番目、三番目の競争で財産を失った。四番目は、中之神島(波照間島より西方32キロメートル)へ小舟で往復する勝負。アラブツブヤーはペミシクブヤーを遭難させて殺し、美しい妻を自分のものにしようと計画する。アラブツブヤーが競争を申し出るとペミシクブヤーは今度こそはと承諾する。二人の約束で船の長さと幅を決め、帆、帆柱、アンカー、アンカー綱は使わないように決める。食料も制限し、櫓一本にロープの代わりにハマカズラをもっていくことを決める。アラブツブヤーは勝負の日、朝早く浜に出かけてアダンの木の根に網を巻き付けておき、その上から浜カズラを体に巻いて相手を待つ。検査の後出発する。旧の6月の東風(アリヤタ)、旧の7月の(イリヤタ)を海の人であるアラブツブヤーはよく知っていたので風を選んで出かける。行きは二人ともうまくたどり着く。帰りは東風なのでなかなか前に進まない。ペミシクブヤーの綱は浜カズラなので切れてしまい、西方に流され行方不明となる。アラブツブヤーは無事に帰る。アラブツブヤーはペミシクブヤーの妻に夫を亡くして大変だから嫁にしようというと、彼女も喜んで承諾し、一つの条件を出す。西表の山に行って、木を抱いて手のひらと手のひらがぴったり合うものを探せと言う。アラブツブヤーはたやすいことといって、出かける。(彼女は)四寸釘と金槌をパンツに縛りその上から着物を着ける。山奥で探し当てたところ、木を抱かせぴったりするのがあったので、(女は男の)手のひらと両足に四寸釘を打ち込み、夫の恨みを返す。女は島から帰るとき、歌を作って詠んだ。アラブツブヤーが西表の山で釘付けにされて後マラリアが発生した。 |
| 全体の記録時間数 | 14:13 |
| 物語の時間数 | 13:41 |
| 言語識別 | 共通語 |
| 音源の質 | △ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |