
物話(ものはなし)をしましょう。我々の義理と人情という言葉は、フンダチピ〔ヤモリ〕のことから始まったそうだ。なぜかと言うと、このフンダチピの口は、男を知っている女には付かないが、男を知らない女には付くとの話があり、この事から義理と人情と言われている。例えば、夫婦が立派に暮らしているうちに、夫が病気になったので、妻は仕方なくよそに行って働かないとちゃんとした生活ができないと思い、ある家で働いていたそうだ。その働きに行った家は家を造るときに、大工があやまって、フンダチピを釘で打ちつけてしまったが、そのフンダチピは死ななかった。すると釘を打たれてはいるは雄なのか、雌なのか知らないが、もう毎日一匹のフンダチピが食物をくわえて来て、釘を打たれているヤモリに与えていたそうだ。それを見て、「自分の夫も同じように寝ているが、私は人間なのに虫ほども分別がない。」と考えて、それから、その釘を抜いて、フンダチピを助けてやったそうだ。それから家に帰って来て、夫を見るとやっぱりまだ夫を寝込んでいた。それから妻は夜も昼も、あのヤモリがしていたように熱心に看病していたら夫も元気になり、しっかりと円満に家庭を治めいい家庭を築いていったとの話だよ。それで、このフンダチピという者は確かに義理人情のある虫で、また、その口は夫を娶った人には付かないが、夫を娶らない子供たちには付くとの話がある。これを基にして義理人情という言葉は生まれたそうだ。
| レコード番号 | 47O201902 |
|---|---|
| CD番号 | 47O20C102 |
| 決定題名 | ヤモリの話(方言) |
| 話者がつけた題名 | - |
| 話者名 | 宮城真清 |
| 話者名かな | みやぎしんせい |
| 生年月日 | 19020202 |
| 性別 | 男 |
| 出身地 | 沖縄県八重山郡竹富町小浜 |
| 記録日 | 19750808 |
| 記録者の所属組織 | 沖縄県口承文芸学術調査団 |
| 元テープ番号 | 竹富町字小浜T45A01 |
| 元テープ管理者 | 沖縄伝承話資料センター |
| 分類 | 20 |
| 発句(ほっく) | - |
| 伝承事情 | - |
| 文字化資料 | - |
| キーワード | 夫婦,家 |
| 梗概(こうがい) | 物話(ものはなし)をしましょう。我々の義理と人情という言葉は、フンダチピ〔ヤモリ〕のことから始まったそうだ。なぜかと言うと、このフンダチピの口は、男を知っている女には付かないが、男を知らない女には付くとの話があり、この事から義理と人情と言われている。例えば、夫婦が立派に暮らしているうちに、夫が病気になったので、妻は仕方なくよそに行って働かないとちゃんとした生活ができないと思い、ある家で働いていたそうだ。その働きに行った家は家を造るときに、大工があやまって、フンダチピを釘で打ちつけてしまったが、そのフンダチピは死ななかった。すると釘を打たれてはいるは雄なのか、雌なのか知らないが、もう毎日一匹のフンダチピが食物をくわえて来て、釘を打たれているヤモリに与えていたそうだ。それを見て、「自分の夫も同じように寝ているが、私は人間なのに虫ほども分別がない。」と考えて、それから、その釘を抜いて、フンダチピを助けてやったそうだ。それから家に帰って来て、夫を見るとやっぱりまだ夫を寝込んでいた。それから妻は夜も昼も、あのヤモリがしていたように熱心に看病していたら夫も元気になり、しっかりと円満に家庭を治めいい家庭を築いていったとの話だよ。それで、このフンダチピという者は確かに義理人情のある虫で、また、その口は夫を娶った人には付かないが、夫を娶らない子供たちには付くとの話がある。これを基にして義理人情という言葉は生まれたそうだ。 |
| 全体の記録時間数 | 2:50 |
| 物語の時間数 | 2:30 |
| 言語識別 | 方言 |
| 音源の質 | ○ |
| テープ番号 | - |
| 予備項目1 | - |