御願崎の石上げ(共通語)

概要

向こうの屋良部崎の先の方の現在御願崎には、今も大きな石がぽんと乗ってるさあね。昔、八重山を統治する一番上の神様がね、あの石を上にあげるために、島々の神々に、「力持ちの神々よ、全部御願崎に集まれ。」と呼んだところが、竹富の神様は、行こうとしたら竹富島では子供が生まれたから、子供の名前も付けなくちゃいけない、子供の母親の元気も付けなくちゃいけないということで、そのままほって行けない。子供が誕生して、名前付ける命名式は、こちらでは井戸(かー)の前だとか、仏壇だとか、御願(うがん)だとか全部にお願いするシラヨイというんだ。それで、神様は、「この子供が安産で生まれるようにと願ってきて、元気な子供が生まれたからお礼もせんといかん。また、成長してすばらしい人間になってほしいという喜びとそのまた願いをしてからしかいけない。」ということで、子供が生まれててんやわんやしている間に結局遅れてしまったから、「生まれた子供の世話をするために今来ました。遅れてすいませんでした。」と言った。
 また、小浜の神様も遅れて来たから、「なぜ遅かったか。」と言ったら、小浜の神様は、「小浜の沖で船が難破して、荷物と漂流物の材木が次々、次々に島の方に流れて来るもんだから、海は満潮なったり干潮なったりしていくと流れていくから、それをほっておくわけにいかんし、見えているうちに陸に上げなくちゃ、もったいないということであれを上げるために忙しくて、やっと上げて片付けて来たから遅れました。」ということを話したんだって。
 それから、西表の古見の神様も遅れて来たから、「なぜ遅かったか。」と聞いたら、古見の神様は、「古見の方では、親が死んだから、どうとうも親のお見送りの葬式をせんといけないから、そういう事で忙しくて、出席できなかった。」と言ったそうだ。また黒島は何だったかね、いろいろあるわけよ。 そしたら、八重山を統治する一番上の神様がね、「そういうことだったら、じゃあ、竹富島に子供が生まれたのは、盛り繁盛でいいことだ。もう子供が生まれたら、今まで通りに子供が生まれたお祝いを、もう盛大にしなさい。小浜の方は、沖合でよく難破するから、海を流れてくる荷物、漂流物は次々いくらでも取っていい。それから、古見の方は、そういったことがないように、じゃあ、もう一生懸命頑張りなさい。」と話を下された。
 だからいろいろそういった話で、生まれてのお祝いをティラザヨイってこちらの方言では言うけど、子供が生まれたら厳粛な出生祝いををしているから、竹富で生まれる子供は、愛情込めて育てられ、元気に成長していいことがあり、出世するんだと。それで、今になってもティラザヨイはずっと昔から伝わって来た行事だからすべきだという話ね。また、それから小浜の方は、小浜は神様から漂流物を片付けれと言われているから、そういった漂流物を取っても、もう海の神の龍宮の神に罰っせられないで、自然の方式のような許可になっていると。それで、小浜は漂流物が流れてきたら、次々片付けて取って来て自分の物にして、ご飯も炊く、使う材木にもするということですね。この竹富島では、小浜と違って昔から漂流物海岸に来てもあれを取ってはいけないっちゅうのね。だから竹富島は流れた木も自分の家の竈に持って来てご飯を炊かない。また古見の方は盛り繁盛はなくって結局マラリアか何か知らないけど、葬式ばっかして村が滅ぶ寸前まで来ていたという。そういった話を聞かされたことがあります。
・御願崎‥‥うがんざき。石垣島の屋良部にある岬で、石垣島の西南端に位置する。・屋良部崎‥‥石垣の西南の隅の岬。・小浜島‥‥石垣島と西表島の中間に位置する島。島の地形は、島で最も高い大岳を中心として広がる丘陵地である。豊かな自然条件に恵まれ、地下水が豊富なため、古くから良田が多い。人工約四八五人。・古見‥‥西表島の東部にある竹富町の字。一五世紀の末期まで、八重山の政治文化の中心地で、紙漉き所・スラ所(造船所)などの施設があった。一七七一年の明和の大津波では、多くの被害者を出した。アカマタ・クロマタ祭祀発祥の地とされ、また、民謡「古見の浦節」でも有名。・黒島‥‥石垣島から南方海上約一七キロのところにある竹富町の島。隆起珊瑚礁で出来た山のない島。人々は西表島に渡って稲の出作りをして税を納めていた。・ティラザヨイ‥‥出産のお祝いのこと。・マラリア‥‥原生動物の住血胞子虫類に属するマラリア原虫によって起こる病気。太平洋戦争の余波を受けて島々の人口が流動し、生活環境が激変するに及んで、八重山のマラリアは全群島にわたって猖獗を究めることになる。戦時中のマラリアは、八重山群島での流行が最も激しく、一九四五(昭和二〇)年には罹患者数一万六八八四人、死亡者は三六七四人を数えた。これは、八重山では戦争による犠牲者よりもはるかに多い。

再生時間:3:06

民話詳細DATA

レコード番号 47O200274
CD番号 47O20C016
決定題名 御願崎の石上げ(共通語)
話者がつけた題名
話者名 高那三郎
話者名かな たかなさぶろう
生年月日 19260501
性別
出身地 沖縄県八重山郡竹富町字竹富
記録日 19950322
記録者の所属組織 沖縄口承文芸学術調査団
元テープ番号 竹富町字竹富T06A03
元テープ管理者 沖縄伝承話資料センター
分類 20
発句(ほっく)
伝承事情
文字化資料 沖国大国文学科平成8度卒業論文 竹富島の民話 p1
キーワード 竹富,小浜,古見,黒島
梗概(こうがい) 向こうの屋良部崎の先の方の現在御願崎には、今も大きな石がぽんと乗ってるさあね。昔、八重山を統治する一番上の神様がね、あの石を上にあげるために、島々の神々に、「力持ちの神々よ、全部御願崎に集まれ。」と呼んだところが、竹富の神様は、行こうとしたら竹富島では子供が生まれたから、子供の名前も付けなくちゃいけない、子供の母親の元気も付けなくちゃいけないということで、そのままほって行けない。子供が誕生して、名前付ける命名式は、こちらでは井戸(かー)の前だとか、仏壇だとか、御願(うがん)だとか全部にお願いするシラヨイというんだ。それで、神様は、「この子供が安産で生まれるようにと願ってきて、元気な子供が生まれたからお礼もせんといかん。また、成長してすばらしい人間になってほしいという喜びとそのまた願いをしてからしかいけない。」ということで、子供が生まれててんやわんやしている間に結局遅れてしまったから、「生まれた子供の世話をするために今来ました。遅れてすいませんでした。」と言った。  また、小浜の神様も遅れて来たから、「なぜ遅かったか。」と言ったら、小浜の神様は、「小浜の沖で船が難破して、荷物と漂流物の材木が次々、次々に島の方に流れて来るもんだから、海は満潮なったり干潮なったりしていくと流れていくから、それをほっておくわけにいかんし、見えているうちに陸に上げなくちゃ、もったいないということであれを上げるために忙しくて、やっと上げて片付けて来たから遅れました。」ということを話したんだって。  それから、西表の古見の神様も遅れて来たから、「なぜ遅かったか。」と聞いたら、古見の神様は、「古見の方では、親が死んだから、どうとうも親のお見送りの葬式をせんといけないから、そういう事で忙しくて、出席できなかった。」と言ったそうだ。また黒島は何だったかね、いろいろあるわけよ。 そしたら、八重山を統治する一番上の神様がね、「そういうことだったら、じゃあ、竹富島に子供が生まれたのは、盛り繁盛でいいことだ。もう子供が生まれたら、今まで通りに子供が生まれたお祝いを、もう盛大にしなさい。小浜の方は、沖合でよく難破するから、海を流れてくる荷物、漂流物は次々いくらでも取っていい。それから、古見の方は、そういったことがないように、じゃあ、もう一生懸命頑張りなさい。」と話を下された。  だからいろいろそういった話で、生まれてのお祝いをティラザヨイってこちらの方言では言うけど、子供が生まれたら厳粛な出生祝いををしているから、竹富で生まれる子供は、愛情込めて育てられ、元気に成長していいことがあり、出世するんだと。それで、今になってもティラザヨイはずっと昔から伝わって来た行事だからすべきだという話ね。また、それから小浜の方は、小浜は神様から漂流物を片付けれと言われているから、そういった漂流物を取っても、もう海の神の龍宮の神に罰っせられないで、自然の方式のような許可になっていると。それで、小浜は漂流物が流れてきたら、次々片付けて取って来て自分の物にして、ご飯も炊く、使う材木にもするということですね。この竹富島では、小浜と違って昔から漂流物海岸に来てもあれを取ってはいけないっちゅうのね。だから竹富島は流れた木も自分の家の竈に持って来てご飯を炊かない。また古見の方は盛り繁盛はなくって結局マラリアか何か知らないけど、葬式ばっかして村が滅ぶ寸前まで来ていたという。そういった話を聞かされたことがあります。 ・御願崎‥‥うがんざき。石垣島の屋良部にある岬で、石垣島の西南端に位置する。・屋良部崎‥‥石垣の西南の隅の岬。・小浜島‥‥石垣島と西表島の中間に位置する島。島の地形は、島で最も高い大岳を中心として広がる丘陵地である。豊かな自然条件に恵まれ、地下水が豊富なため、古くから良田が多い。人工約四八五人。・古見‥‥西表島の東部にある竹富町の字。一五世紀の末期まで、八重山の政治文化の中心地で、紙漉き所・スラ所(造船所)などの施設があった。一七七一年の明和の大津波では、多くの被害者を出した。アカマタ・クロマタ祭祀発祥の地とされ、また、民謡「古見の浦節」でも有名。・黒島‥‥石垣島から南方海上約一七キロのところにある竹富町の島。隆起珊瑚礁で出来た山のない島。人々は西表島に渡って稲の出作りをして税を納めていた。・ティラザヨイ‥‥出産のお祝いのこと。・マラリア‥‥原生動物の住血胞子虫類に属するマラリア原虫によって起こる病気。太平洋戦争の余波を受けて島々の人口が流動し、生活環境が激変するに及んで、八重山のマラリアは全群島にわたって猖獗を究めることになる。戦時中のマラリアは、八重山群島での流行が最も激しく、一九四五(昭和二〇)年には罹患者数一万六八八四人、死亡者は三六七四人を数えた。これは、八重山では戦争による犠牲者よりもはるかに多い。
全体の記録時間数 3:42
物語の時間数 3:06
言語識別 共通語
音源の質
テープ番号
予備項目1

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